2015年08月11日
【経営】「HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか」ベン・ホロウィッツさん
P307
戦時のCEOだったジョブズとグローブ
ビジネスにおける「平時」とは、会社がコア事業でライバルに対して十分な優位性を確保しており、かつその市場が拡大しているような状況を指す。平時の企業は市場のサイズと自社の優位性の拡大にもっぱら注力していればよい。これに対して「戦時」は、会社の存亡に関わる危機が差し迫っている状態だ。そうした脅威にはライバルの出現、マクロの経済環境の激変、市場の変質、サプライチェーンの変化などさまざまな原因が考えられる。
(中略)
平時と戦時とでは、根本的に異なる経営スタイルを必要とすることを私は経験から学んだ。多くの経営書は平時のCEOの経営技術にほとんどのページを割いており、戦時についてはほとんど言及されない。たとえばたいていの経営書で「決して部下を公の場で叱責してはならない」と絶対の原理であるかのように説かれている。ところがアンディ・グローブは、大勢の出席者がすでに着席している会議に遅れて入ってきた社員を「この世の中で私が持っているのは時間だけだ。その時間をきみは無駄にさせている」と叱った。どうしてこれほど異なった経営スタイルが必要になるのだろうか?
平時のCEOは会社が現在持っている優位性をもっとも効果的に利用し、それをさらに拡大することが任務だ。そのため、平時のリーダーは部下からできる限り幅広く創造性を引き出し、多様な可能性を探ることが必要となる。しかし戦時のCEOの任務はこれと逆だ。会社にすでに弾丸が一発しか残っていない状況では、その一発に必中を期するしかない。戦時には社員が任務を死守し、厳格に遂行できるかどうかに会社の生き残りがかかることになる。
スティーブ・ジョブズがアップルに復帰したとき、会社は倒産まで数週間という厳しい状態にあった。典型的な戦時のシナリオだ。社員全員がジョブズの再生プランを厳密な正確さで実行しなければならなかった。こうした場合には個々人の創造性が発揮される余地はほとんどない。
逆に検索市場で覇権を確立したあとのグーグルは、幅広いイノベーションを目指すという平時の例の典型だ。グーグルの経営陣は社員が創造性を発揮することを許したけでなく、すべての社員に就業時間の20パーセントを自分の好むプロジェクトに割くよう命じた。平時の経営テクニックと戦時の経営テクニックは、それにふさわしい状況で適応されればそれぞれ大きな効果を発揮する。だがこの両者はまったく異なった経営スタイルだということに注意しなければならない。平時のCEOと戦時のCEOは別人格だ。
なぜ、日本の大企業のリストラ(事業再構築)は概してうまく行かないのか。
これまで私はその原因の多くを、日本の文化(日本人の思考習性)と労働環境の悪い意味での非柔軟さ、及び、経営者の実力と胆力の稀薄さに見てきたが、ベン・ホロウィッツさんのお考えによれば、成る程、後者は、専ら「坂の上の雲」を見て膨れ上がった大組織の、「平時のCEO」ばかり再生産してきた、内部昇格を是とする経営人事のシステム、並びに、慣行が元凶なのだろう。
そして、「婿養子制度の臨機応変活用が、同族企業の『企業生存力』の高さの源泉」との、京都産業大学沈政郁准教授の考察は示唆に富むが、同族企業の長寿の秘訣は、「平時のCEO」と「戦時のCEO」の使い分けの妙なのだろう。
日本経済新聞 電子版@nikkei
日本企業の短期主義、同族経営の優位が映す弱点 http://t.co/djZNJrmvCZ
2015/08/04 02:16:05
そもそも企業組織は、個人の強みと弱み(限界)を集団の多様性で相乗活用、ないし、リスクヘッジできるのが最大の特長だ。
企業組織の最たるである大企業が「平時のCEO」ばかり再生産するのは、最大の機会損失に加え、最大の自殺行為に違いない。