【邦画】「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」(2011)【第56期王位戦第三局】広瀬挑戦者、羽生王位の土壇場のミスを逃さず、一勝目をあげる

2015年08月06日

【司法】「それでもボクは会議で闘う ドキュメント刑事司法改革」周防正行さん

P221
おわりに

(前略)

それにしても、会議に出席していた方たちと自分の考え方の違いに驚くことが多かった。

たとえば「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」という法格言がある。

これについて、「当然そうだ」という人は多く、真っ向から否定する人はあまりいない。それでも、こう言葉を継ぐ人たちがいる。

「でも、十人の真犯人を逃すわけにもいかないのです」

そういった瞬間に、この法格言の本質的な意味を否定することになると、彼らは思っていないのだろうか。


当然、真犯人を明らかにして、その罪を償わせることは多くの人の願いだ。ただし、その思いだけが先行すると、特に無実の人を罰してしまうことがある。だからこそ、この格言に意味があるのだ。人は間違いを犯す。同じ間違いであるなら、無実の人を罰するより、真犯人を逃すほうがいいではないか。人が人を裁くことに対して、畏れを持たずにいられることが信じられない。

この法格言の理解の違いが会議でのかみ合わない議論につながっていたような気がする。

わかりやすく言えば、絶対に真犯人を逃してはいけない、という思いの強い人は、知らぬ間に被疑者を巧妙に嘘をついて罪を逃れようとする「真犯人」だと推定して発言していたのではなかろうか。そういう人たちにとって、最も重要なのは、罪を逃れようとする「真犯人」を逃さないための司法制度だ。そして一方、えん罪を恐れる人は、被疑者が「無実の人」であったらと思い、たとえ無実の人が逮捕されても、その人の身の潔白が明らかになるような司法制度にしなければならないと考え、意見を述べていたのだ。いわば有罪推定と無罪推定の争い。

これでは、議論がかみ合うはずもない。

(以下省略)

「そもそも人が人を裁くのは、法の下とはいえ最も畏れ多いことであり、無辜を罰すること、並びに、その可能性を維持、助長する仕組みを放置する(改修しない)こと、は、決してあってはならない」。
周防正行さんの思いは、こういうことだろう。
私は、周防さんのこの思いも、また、根本思想である「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」との法格言も、強く同意する。
が、この法格言の理解の違いが、本部会(「新時代の刑事司法制度特別部会」)のかみ合わない議論の元凶である、との周防さんの見立ては、同意できない。
周防さんや村木厚子さんら有識者委員と反目した専門家委員は、この法格言の意味も意義も理解しつつも、「でも、十人の真犯人を逃すわけにもいかない」とポジショントークせざるを得ないのであり、これをして「この法格言を本質的に理解していない」と断じるのは、酷かつ言い過ぎだろう。

なぜ、彼らはその旨ポジショントークせざるを得ないのか。
彼らの「ポジション」とは、いかなるポジションか。
法の「番人」であり、「管理者」とも言えよう。
また、今風に言えば、法の「中の人」とか「あちら側」であり、対する周防さんら有識者委員は、法の「利用者(ユーザー)」や「こちら側」だろう。
企業の社長、経営者をイメージすると分かり易いが、法律に限らず、管理者の最大関心事は[担当集団の全体最適]であり、ユーザーの最大関心事である[自身(個人)の幸福]、即ち、[局所最適]、は二の次だ。
というか、ポジション上、役割上、そうせざるを得ないのだ。
「管理者足る者、何百人、何千人、何万人の内の一人をも不幸にしてはならない(→事実上、担当集団の全体利益より個別利益を優先する)」とすると、管理者は務まらないのだ。

不勉強なことに、私は「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」の格言の本当の由来を知らない。
が、誤解と非難を覚悟して言えば、この格言は、結局、法の核でも本質でもなければ、「ヒロシマ/フクシマを忘れてはいけない」と同様、「理想(あるべき心情態度)」や「努力目標」、或いは、言い方は悪いかもしれないが「建前」、ないし、ユーザーである市民への「救い」や「気休め」だろう。
というか、そこまで法に求めるのは求め過ぎで、法には酷だろう。
「システム」の100%の稼働、効果(受益)が現実的に無理、もしくは、費用対効果的に見合わないものである以上、それが法という社会システムの限界だろう。
そして、冤罪発生の極小化、並びに、その推進手段としての「取調べの可視化」、「証拠の事前全面一括開示」、「人質司法的勾留の廃止」の早期実現は、この法格言の理解ウンヌンと切り離して合理的に論じるべきだろう。

「社会は不公平だ。絶対公平にはならない。大事なのは、そんな社会で自分はどう生きるか考え、行動することだ」。
これは矢野顕子さんの名言だが、思い出す度、つくづく得心する。
私たち日本人はとりわけ「建前」、「救い」、「気休め」の類が好物だが、好きが講じ過ぎて現実と入れ替えてはいけない。







kimio_memo at 07:09│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

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