【第56期王位戦第二局】羽生王位、広瀬挑戦者の誤算を逃さず、無傷の二勝目をあげる【邦画】「座頭市」(2003)

2015年07月24日

【人生訓】「知的生活習慣」外山滋比古さん

P226
みずからを知るーーあとがきにかえて

(前略)

なにかの機会に録音テープをきくとか、よく撮れていない自分のポートレートと対面するとか、ちょっとしたことで、自分の知らない自分のあることを知ると、生活は変化し始める。多少、もの知りのつもりでいたのに、自らについてはまったく無知である、というのは、かなり大きな発見である。あまり愉快でない発見だが、新しいものを生み出すエネルギーを秘めているようだ。

それに気づくのが、知の始まりで、その日々が知的生活ということになる。
本を読んでいれば知的だと思っているのは素朴な知識信仰である。そういう知識の賞味期限は短いから、中年をすぎれば、ゴミのようになる。ゴミは進歩のじゃまになるから、廃棄しないといけない。頭のゴミ出しをするのにいちばん心強い味方になるのは忘却であるというところまでくれば、しめたものである。年をとって忘れっぽくなったりするのを嘆くことはない。むしろ日々これ新しく前進すると考えたい。老年、怖れるに足らず、の心境になれば、人生は明るくたのしいものになりうる。

そんなことを考えるのが知的生活である、と私は信じているが、ひとさまに押しつけようというつもりは少しもない。すすめようとも思わない。ひとりの愚直な人間の心にとめていることをかなりあけっぴろげに披露して、及ばずながら、他山の小石くらいに思っていただければ、著者のよろこびは小さくない。

優れた人は悉く知的だが、それはなぜか。
「無知の知」を地で行っている、否、生活習慣化している、からなのだろう。
「知性とは、自分の頭と責任で習慣化した、心身健やかな『生活』の恵みである」。
外山滋比古さんは繰り返し手を変え品を変え本旨を説くが、尤もである
彼らは絶えず自分の無知、未成熟を恥じ、その解決の術を緩めない。
彼らの成長への貪欲さと堕落への恐怖感が、彼らを知的で優れた人にするのである。
知的な人とは、常に問題意識の核を自分の未成熟に置き、その解決の試みを心身厭わない人を言うのだろう。



知的生活習慣 (ちくま新書)
外山滋比古
筑摩書房
2015-03-06




kimio_memo at 07:25│Comments(0) 書籍 

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【第56期王位戦第二局】羽生王位、広瀬挑戦者の誤算を逃さず、無傷の二勝目をあげる【邦画】「座頭市」(2003)