【第72期名人戦/第二局】羽生挑戦者、踏み込むべきは踏み込み、再点検すべきは再点検し、開幕二連勝【邦画】「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」(2011)

2014年04月28日

【NHK教育】「団塊スタイル/古きよき音楽を今に」細野晴臣さん

【国井雅比古アナ】
そして、(細野さんがテクノの)次(に手がけた音楽ジャンル)は「ワールドミュージック」っていうのは、まあ世界の各地にある、国境を越えちゃっているような、民族も超えちゃっているような音楽の中に、何か普遍的なモノっていうのかな、音楽性、これ、(この次に手がける)「アンビエント」もある意味で延長線にあるんでしょうか、環境的なっていう。

【細野晴臣さん】
そうですね。
決してバラバラじゃなくて、一つの大きな流れの中に「ワールドミュージック」とか「アンビエント」とか、そういうものが混在していたんです。

【国井アナ】
それは例えば、経済でも「グローバル」とか、まあ色んな、企業もどんどん超えていく何とか、そういう世の中の動きとある意味で連動していくようなものなんですか、ある意味見ている、その世界を?

【細野さん】
一歩先にやってたような気がしますね。
でも、よく分からないんです。
やっぱり、経済と音楽って密接ですから。
後で考えると、経済のバックアップがあったのかなとかね、思うんですよ。
流れにはやっぱりね、逆らえないです、世の中の経済とか。
そこから無縁では生きていけないので。
どうしても影響される
し。
これはもう、年齢ではなくて、生まれつきですね、多分。(笑)
「流されていく」っていうよりも、「流れていく」っていう感じですね。
受身じゃなくて、自ら流れていくっていう。
で、色んな計画立てたりすると、全部ダメなんで、もうそういうのやめて。
性格なんです、多分、だらしないっていう性格。(笑)

(中略)

【国井アナ】
そして、現在66才、まあ「原点回帰」と言いましょうか。
これは、何か思いがあるんですか?

【細野さん】
色んな思いがあるんですけど、20世紀の音楽、音楽だけじゃないですね、映画、音楽、文化、とても豊かじゃないですか。
終わっちゃったけど。
みんな、居ないんですよ、もう。
自分が大好きなシンガーとか、今居ないわけですから。
ビング・クロスビーとかね、フランク・シナトラとか。
その郷愁感っていうのは、すごいあるんですよね、実は。
ノスタルジーっていうのは。
でも、それ以上にやっぱり、その頃の音楽を聴くと、今はできないから、逆にできないモノに燃えるっていうのかね、やりたくなるわけ。

【国井アナ】
「できない」っていうのは、どういうことですか?

【細野さん】
それはね、その時代の、例えば、50年代の社会の空気とか、全部音に反映しているんですよね。
音って、マイクで拾うから、空気の音を見えない所まできっと拾っている
んだと思うんですよ。
その響きが、今出せないんですよ。

【国井アナ】
それは、世の中と連動しているから?

【細野さん】
連動しているんです。

【国井アナ】
音楽だけ持ってくるっていうわけにいかないんだ。

【細野さん】
いかないんです。
だから、それをどういう風に今に生かすかっていうことが、自分のテーマっていうか、楽しみっていうか。

【国井アナ】
それは、そういう音楽を創ることによって、そういうすばらしい時代があって、すばらしい音楽があったってことを、今の時代、或いは、これからの若い人たちにも伝えていきたい、っていうこと(ですか)?
(それとも)伝えるとかではない?

【細野さん】
媒介ですね、たしかに。
過去から未来の中間に生きているわけで。
それをこう、自分の中にあるものをやっぱり出していかないと。
誰か聴けば、誰かしら受け取るし。
そういう何か、プロセスの間に居るっていう感覚はありますね。
伝えたいっていうよりも、そんな感覚ですね。

【国井アナ】
媒介なんだ、触媒とか。

【細野さん】
そうです。
僕は、そこにたまたま生まれて、触れてきたっていうだけであって、大きな文化の流れっていうのはもう、何だろう、それが今の地球を作っているわけですから、そこで生まれたわけですから。
具体的に言うと、例えば、自分で「あっ、こんないいリズムができた」と思う瞬間があるんですけど、大抵誰かしらが昔やってたんですね。
だから、いいものっていうのは、全部もう創られている、既に。
それを、遺伝子の中にそういうモノがあって、それを探って思い出していくと、共通の、何か昔の人がやってたことと繋がってくる
っていう経験がありますね。

【国井アナ】
ということは、「オリジナリティ」とかよく言いますよね、作品の創造するとか、新しいモノ、そういうモノはある意味では無いと言っていいか、あるけども、それはもう・・・

【細野さん】
あるんですけど、そうです。
伝統というか、大きな文化のスタイルがありますけど、それも自分が参加してそこに自分のサインを書く程度でいいんです。
なんかこう、印を付けるっていうか、僕はこうだった、こうやったよ、っていう。
それが、自分にとってのクリエイティブな作業
です。

細野晴臣さんは、今から30年以上前、坂本龍一さんのデビューアルバムのライナーノーツに、「坂本さんが創った"The End Of Asia"のメロディはかつて自分も創ったことがあるが、これは『海の塩を取るようなもの』だ」と、私見と賛辞を寄せられた。
当時、私は中学生で、細野さんの考えを読み解くには若過ぎたが、今は凡そ理解できる。
そうなのだ。
社会という海の中では音楽は一つの小波に過ぎず、また、人間の道理や物事の本質という塩は知れているのだ。
海に生を授かった私たちが人生で果たすべき大事は、塩をどう汲み取り、どう使い、どう後進に手渡すか、なのだ。

そして、本番組での細野さんのお考えも、凡そ理解できる。
そうなのだ。
真のクリエイティブ、創造とは、[0(無)]から優れた[1(有)]を生み出すことではないのだ。
優れた[1]は、既に先人が生み出しており、社会の伝統文化の中に、また、自分のDNAの中に、脈々と受け継がれているのだ。
真のクリエイティブ、創造とは、自分が無意識に継承している優れた[1]を、当代の空気と独自の試行で脚色し、後世へ確実に伝達することなのだ。
クリエイター、創造者とは、媒介者なのだ。
また、然るに、創造は「組み合わせ」でもあり、市川團十郎さん曰く、「創造と継続はそれ程変わらない」のだ。

当代に生きる私たちは皆、当代と次代を結ぶクリエイター、創造者であって然るべきだ。
私たちは、ナポリを見ずして死ねないように(笑)、独自のサインを覚えるまで死ねない。



★2013年12月27日放送分
http://www.nhk.or.jp/dankai/bangumi/num089/index.html



Heavenly Music
細野晴臣
ビクターエンタテインメント
2013-05-22




kimio_memo at 07:20│Comments(0)TrackBack(0) テレビ 

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