【経営】「出光興産の自己革新」坪山雄樹さん、大久保いづみさん【野球】「コーチング―言葉と信念の魔術」落合博満さん

2013年10月24日

【野球】「落合博満の超野球学〈2〉」落合博満さん

P131
技術事はパーフェクトを求めよ

かつて「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治さんには、次のような名言がある。

「ボールが止まって見えた」

これは、不調に喘いでいた際、当時の多摩川グラウンドで長時間の打ち込みを敢行した時に、初めて体験したことだそうである。
20年間の現役生活で9257打席に立った私は、残念ながら”ボールが止まって見える”状態を体験することはできなかったが、どんなボールがきても打てる、言い換えれば自分の思い描いたように投球が飛び込んでくるという状態はシーズンに何度かあった。
苦手にしている投手との対戦で、普段は「ここに投げられたら苦しい」と感じているボールでも難なく打ち返せる。
ヒッティングゾーンが広く、打ち損じも少ない状態である。
たとえれば、水道の蛇口から水を流して、細い口のビンに入れようとすると、かなりの量の水が弾けてこぼれてしまう。
これがバッティングで言えば普通の状態だ。
私の体験した最高の状態は、ビンの口に広い漏斗とつけ、すべての水が確実に無駄なくビンに吸い込まれていくような感じである。

川上さんや私がバッティングを極めたのかどうかはさておき、ボールが止まって見えたり、どんなボールでも難なく打ち返せる状態を経験していながら、終身打率は川上さんが.313、私が.311。
3割強の成功率で「超一流」と呼ばれたことを考えれば、バッティングとは実に難しいものである。
では、超一流と言われる領域まで辿り着けた最大の理由は何か。
私で言えば、バッティングという技術事にパーフェクトはないという現実をわかっていながら、常にパーフェクトを目指す気持ちを失わなかったからではないだろうか。

パーフェクトなバッティングとはどういうものか。
打率10割というのは、完璧にボールをとらえても野手の正面を突いたら実現しない。
反対に、止めたバットに当たった打球が野手の間に運よく落ちることもあるわけだから、すべての打席でヒットを記録することとパーフェクトとは違うと言えるだろう。
私がイメージするパーフェクトなバッティングとは、何試合を戦っても三振しない技術を身に付けること。
そして、ストライクがくれば決して空振りすることなく、全打席で本塁打を放つことである。
その本塁打も、ほとんどはバックスクリーンへ一直線の打球。
やや泳いだ時だけレフト、反対に詰まった時だけライトに飛ぶ状態なら、本当にパーフェクトと言える。

パーフェクトなバッティングを追及するために、私はどんなことを考えていたか。
ミートポイントを実例にして書いてみよう。
まず、本書でこれまでに書いてきたような理屈で、自分のミートポイントというものを探す。
次は、フリーバッティングの際に、そのミートポイントでボールをとらえる練習をひたすら繰り返す。
この時に、自分のミートポイントでバットが当たる瞬間を見る努力をすることが極めて重要だ。
野球経験のある読者の方は、思い浮かべていただきたい。
実戦において、バットにボールが当たる瞬間を見た経験はどれくらいあるだろうか。
ちなみに私は、9257打席で何回と数えられるほどしかない。
それも、ほとんどが緩い変化球に体が泳いでしまい、それでもなんとかボールを拾おうとした体勢の時に見たものだ。
150キロを超えるストレートを完璧に打ち返して本塁打になった時でも、ミートポイントでバットにボールが当たる瞬間を見た経験はない。
つまり、ほとんどはカンに頼って打っているわけだ。
カンという表現がよくないのなら、体にしみついた動きと言い換えてもいいだろう。

技術事は、やみくもに取り組んでも上達は望めない。
まずは理にかなった動きや基本と言われるものをしっかりと学び、理屈に基づいて鍛錬に励むことが肝要だ。
ただし、繰り返し練習することの最終目的は、その動きを体にしみつかせることなのである。
つまり、技術事は理屈に始まり、体にしみつかせてものになると考えればいい。
だから、ミートポイントに関しても、フリーバッティングにおいては一球一球、そこでバットにボールが当たっているかどうかを確認しながら打つ努力をしなければならないのだ。
これを疎かにしてしまうと、自分のミートポイントはいつまでたってもつかめない。
よって、実戦でカンに頼って体にしみついたスイングで打ち返す精度も上がらないのである。
技術事で上達を目指すのなら、常にパーフェクトを求める気持ちだけは忘れてはならない。

要するに、落合博満さんが仰りたいのは、バッティングは、実戦では詰まる所「カン」、即ち、「体に染み付いた無意識的な動き」が問われるからして、事前の練習では、正しいバッティング理論をベースに、いついかなる球でもパーフェクトに応えようとする心意気は勿論、そのための反復練習と個別検証が欠かせない、ということだろう。
落合さんのお考えは、バッティングだけでなく、ビジネスにも通じる。
例えば、営業も、お客さまを目の前にした売り場(現場)では詰まる所「カン」が問われるからして、日頃のロールプレイングでは、あるべき営業プロセスをベースに、いついかなるお客さまの問いかけにもパーフェクトに応えようとする心意気は勿論、そのための反復練習と個別具体的なレビューが欠かせない(→「大体良かったです」でレビューが終わるロールプレイングを毎日何回やっても、お客さまに対する「カン」は全く陶冶されない)。
営業は、ロールプレイングで100点を目指し、100点を取れるようになって初めて、売り場で60点のパフォーマンスが可能になるが、きっと、バッティングも。野球も同じだろう。
何事も優れたパフォーマンスを出すには、最善を尽くして天命を待つほか無いが、最善を尽くすには、絶えず100点を目指す反復練習に専心し、然るべきロジックを体に染み付けることが欠かせないに違いない。



落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈
落合 博満
ベースボールマガジン社
2004-03




kimio_memo at 07:10│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

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