【野球】「落合博満の超野球学〈2〉」落合博満さん【映画】「若松孝二・俺は手を汚す」若松孝二さん

2013年10月25日

【野球】「コーチング―言葉と信念の魔術」落合博満さん

P148
周囲に目標を公言せよ。
おのずと、やるべきことが見えてくる。

現役時代の私は、シーズン前に抱負を聞かれると、必ず、「三冠王を獲る。そしてチームを優勝させる」と言い続けた。実際、三冠王を手にできたのは86年が最後だし、タイトル自体も91年の本塁打王が最後になった。しかし、その後も、「三冠王を獲る」とは言ってきた。

これは自分自身を精神的に追い込んだわけではないし、虚勢を張ったわけでもない「タイトルというものは、必ずその年に誰かが獲るものだ。それなら、なぜ自分が獲ったらいけないのか」と考えた。ただそれだけのことだ。

82年に初めて三冠王を手にした時は、「また三つ獲ってやろう」などという意気込みは持っていなかった。だから、翌83年が首位打者のみに終わっても、「本塁打王と打点王を他の選手に獲られてしまった」という悔しさもなかった。ただ、またその翌年、84年にブーマー・ウェルズが三冠王を獲った時は、正直言って気分が悪かったそれと同時に「打撃タイトルを一人で三つも獲ってしまうことは、これほど他の選手にもダメージを与えるのか」ということを実感した。だから、次の年からは、再び自分がやってやろうと思ったのだ。

ファンやメディアからは「俺流の有言実行」とか「究極のポジティブ・シンキング」と言われていたが、過去にタイトルを何度も獲ってきた人は、みんな同じような発想だったと思っている。王貞治さんは13年連続を含めて15回も本塁打王を手にしたが、そうなると本塁打王は王さんの代名詞のようになってしまうから、ある種の義務感が生まれてくることもあるだろう。

つまり何度もタイトルを獲る人は、「獲らなければならない」と考えているのではなく、「自分が獲るものだ」と当然のごとく考えているのだ。メディアに対しては奥ゆかしく謙虚に、「結果がそうなった」と言ったかもしれないが、実際は、最初から自分が獲るものだと思ってやっているはずだ。

一般社会でも同じことが言える。最初に目標を掲げなかったら、良い仕事はできない。最初から「この仕事は、うちの会社が取ってくる」と言って初めてそうなるのであって、「この仕事が取れればいいな」くらいの気持ちで交渉に行ったのでは、実際に取れるはずがない。

よしんば、「取れればいいな」で仕事を取れたにしても、その後が大変だと思う。仕事を取ってきたのはいいが、どうやってその仕事に取り組み、成功させればいいのか、とても不安になるだろう。だから、仕事に取り組む場合は、どんな時でも”成功への青写真”を先に描く。「仕事ができる」と言われる人はみんなそうだ。見切り発車は絶対にしない。そして、自分の目標をどうしても達成したいと思えば、当然、準備期間も長くなる。遊んでいる暇などない。

目標に向けたプロセスでは、自分と闘い、相手と戦い、数字と闘う。その中で、公言したための自分との戦いなど誰にでもできる。だから、思い切って「自分が取る」と言ってしまえばいい。公言しないで取りに行く人に限って、実際に取れてから「自分には、この仕事を取れる自信があった」などと言いだす。

公言してしまうと、自分が笑われるのが嫌だから一生懸命になる。誰でも「あいつは大ボラ吹きだ」と言われたくない。加えて、目標を達成するためにやるべきことが見えてくる。

非常に考えさせられる内容だが、とりわけ以下の箇所に考えさせられた。

【1】「タイトルというものは、必ずその年に誰かが獲るものだ。それなら、なぜ自分が獲ったらいけないのか」と考えた」。
【2】「『打撃タイトルを一人で三つも獲ってしまうことは、これほど他の選手にもダメージを与えるのか』ということを実感した。だから、次の年からは、再び自分がやってやろうと思ったのだ」。
【3】「何度もタイトルを獲る人は、『獲らなければならない』と考えているのではなく、『自分が獲るものだ』と当然のごとく考えているのだ」。

やはり「立場が人を作る」のと同様、「実績が実績を作る」のだ。
「実力が実績を作る」のではないのだ。
実績という成功体験と既成事実が、成功への敷居を下げ、当事者の既成の思考&行動習性を発展的かつ高次に破壊、更新するのだ。
将棋の羽生善治さんが、41才にして史上最多タイトル獲得数(81期)を達成なさったのは、「実績が実績を作った」てん末に違いない。


P161
経験に裏づけされた「感性」を研ぎ澄まし、自分自身を洗脳せよ。

横浜キャンプで私が指導した若い選手が、何かをつかんでくれたことは先述した。多村たちにしてみれば、選手としての実績がある臨時コーチに指導を受けたことで「あの人に教わったのだから、自分は良くなるはずだ」という思いがあるだろう。これは、私という存在に洗脳されたと言ってもいい。だが、3日で私が帰ってしまった後、オープン戦を経てペナントレースに臨む際に、取り組まなければいけないことは何か。

それは、私から受けた指導を自分の中に取り込み、そこから創意工夫して自分のものにすることであるそのために大切なのが感性だ。そして、この感性を磨くことが一流への道を開いてくれる。

一軍に昇格してからの私には、天敵と言える投手がいた。阪急(現・オリックス)のエースだった山田久志さん(前・中日監督)である。山田さんは私と同じ秋田の出身で、グラウンドの外ではずいぶん可愛がってもらったのだが、こと勝負になると一方的に押し込まれていた。

山田さんは、アンダースローから繰り出すシンカーを武器にしていた。強打者との対戦では、必ずと言っていいほど、この沈むボールで勝負を挑んできた。だが、私はこのシンカーがまったく打てなかったのである。

もちろん、阪急と対戦する時の打撃練習では、山田さんのシンカーをイメージしながら攻略法を研究した。それでも結果は出ないのだ。そこで私は、考え方を180度変えてみることにした。

シンカーなど、沈むボールを打ち返すためには、下からバットを出してすくい上げるように打つというのが常識的な考え方だ。しかし、私は「沈むボールを上から叩いたらどうなるか」と考えてみた。詳しい技術的なことは省略させてもらうが、これを打撃練習で実践してみると、きれいに打ち返すことができたのである。

私の感性から捻り出した攻略法で山田さんとの対戦に臨むと、結果は顕著な形で表われた。私のバットは山田さんのシンカーを見事にとらえ、あっという間に山田さんと私の立場は逆転したのである。良い結果が出れば、自信も生まれる。山田さんのシンカーを打ち返してからの私は、顔を見るのも嫌だった山田さんとの対戦が楽しみにさえなってきた。

ここで最も大切なのは、自分の感性を働かせて目標(この場合は、山田さんを打つということ)に取り組み、ある程度の成果を挙げたことで、「自分にはできる」という気持ちが生まれたことつまり、自分で自分を洗脳した状態になっているのだ。横浜キャンプでの多村は、私に洗脳された状態であると書いた。だが、このままでは、良い結果が出なくなった時に、洗脳による自信は解けてしまう。なぜなら、洗脳してくれた私という存在が近くにいないからだ。

指導者から洗脳された状態のままでは、次の壁を越えることはできない。その自信をもとにして、自分で自分を洗脳する状態にまで持っていかなければならない。ここまでくれば、何か壁にぶつかっても問題ない。洗脳している人(自分)が近くにいて、次の突破口も見つけてくれるからだ。

85、86年と2年連続三冠王を手にした時も、感性が大切な役割を果たした。実は、この時までの私は、シーズンで40本以上の本塁打をマークしたことがなかった。82年に初めての三冠王を獲得した時も、本塁打数は32。それで、「あんな数字の三冠王には価値がない」などと言われたりもした。

85年の春季キャンプに臨む私は、どうすれば本塁打を量産できるかを考えた。そこで誰でも思いつくことは「飛距離を伸ばすにはどうするか」ということではないか。そして打ち方を変えたり、ウェイト・トレーニングに精を出したりする。しかし、私はこう考えた。「ファウルになる打球をスタンドに入れられないか」

これが、私の感性から捻り出された目標である。
外野のボールをかすめてファウルになる打球を、スタンドに運ぶ方法を模索したのだ。まずイメージしたのは、私は右打者だから、レフトにはスライスボールを、反対にライトにはフックボールを打てればいいということ。そして、そういう打球を弾き出すためにバットの出す角度をあれこれ試していたら、実際にできるようになった。

その結果、この年の私は40本どころか、一気に52本塁打を放ち、3割6分7厘の打率と146の打点とともに、文句なしの三冠王を手にすることができた。しかし、この話にはオチがつく。もう少しお付きあいいただきたい。

今だから言えるが、ファウルボールをホームランにする打ち方を身につけたものの、そんな打球が実際に打てたのは1本か2本だったと思う。では、本塁打を量産した本当の理由は何か。それは、妻の突拍子もないひと言だった。前年のシーズン・オフに突然、妻は私にこう言った。

「あなたがホームランを打てないのは、体が細いからじゃないの?だって、門田(博光)さんとか外国人選手とか、ホームランをたくさん打つ人は、みんなポッチャリした体型よ」

翌日から、我が家の食卓には、関取がいるのかというほどの量の食事が並んだ。そして、それを食べ続けた私は、現在のようなアンコ型の体型になっていったのである。結果的には、これが私の打球の飛距離を飛躍的に伸ばした。私の打撃フォームが、体重を十分に乗せて打つものだったということも関係しているだろう。

ファウルがホームランにならないか、ということまでは、私の感性から出てきた。だが、太れば打球が飛ぶという発想は、私の感性からは生まれなかった。この時の私は、野球の素人の感性もバカにはできないと痛感した。

さて、本塁打を量産することに関しては、私の感性は結果に結びつかなかった。だが、大切なのは、私の中では「ファウルをホームランにする打ち方でいける」という手応えがあり、結果が出ていることで自分を洗脳している状態を保てたことだ。だから、ライバルの打者が迫ってきても、何試合か本塁打が出なくても、「絶対に大丈夫。最終的にタイトルを獲るのは自分だから」と思えた。

自分に自信を持つというのは、どんなことに取り組む場合にも必要だ。だが、その自信が裏づけのないものだと、壁にぶつかった時には消えてしまう。本当の自信とは、感性を研ぎ澄まし、自分で自分を洗脳することから生まれるーー現役を終えた今でも、私はそう考えている。

先に、「実績が実績を作る。実力が実績を作るのではない」と記したが、これは「実力は不要」ということではない。
「実力は実績の必要条件に違いないが、実績には及ばない(=必要条件としての序列は実績の方が遥かに上である)」ということだ。

では、実力の必要条件は何か。
落合さんの考えにならえば、感性だ。
「これならイケル!」と自分で自分を洗脳し、揺るがぬ自信を与える根拠の源としての感性は、かつて無い実績をもたらすことに加え、不意の問題や好機への適切な対応を可能とし、結果、実力を確実かつ持続的に引き上げるのだ。
過日王座位を防衛し、タイトル通算獲得数を完全前人未到の86期に伸ばした羽生善治さんは、間違いなく史上最強棋士であり、また、本当に頭が良いが、その所以である所の「見ている所の違い」の源は、詰まる所この感性かもしれない。
一見無関係、無意味な自他の関係性、意味合いを読み解き、それを自分事(⇔他人事)として積極的に受容する感性こそ、独自の創意工夫とソリューションを生み、更なる実績と実力を作る、揺るがぬ自信の正体かもしれない。

では、感性はいかにして磨くか。
落合さんは本件には不問だが(笑)私は基本的には目標達成に対する執念の持続と試行錯誤だと考える。
落合さんはホームランが量産できた近因を奥さま発案の「食事量の増加による体重&パワーアップ」と認めつつ、自身発案の「ファウルをホームランにするバッティングフォームの会得」が予め揺るがぬ自信を与えていたことを真因とお考えだが、両案はそもそも、落合さんが「ホームランを量産して、誰からも文句の出ないホームラン王に(→ひいては三冠王に)成る」という目標に対して非常識な執念を持続させ、非常識な試行錯誤を繰り返していたからこそ日の目を見た訳であって、さもなくば、出会い頭スルーされていたに違いない。


P166
直属の上司だけが指導者ではない。
自分の指導者はもっと増やせる


そう、ライバル・チームのコーチも、自分の仕事にとって参考になるヒントを与えてくれる可能性がある。営業先や取引相手の会社にも、そんな上司は一人や二人いるはずだ。その人は、単なる他の会社の指導者ではない。自分自身の”指導者”なのである。

そして、こうした感覚を持てば、自分の指導者はもっと増やすことができる。例えば、自分のバッティングの状態をより的確に把握するためには、誰にアドバイスを求めればいいか。打撃コーチ、チームメイト・・・これはまだ常識の範囲内だ。私が頼りにしていたのは打撃練習のバッティング・キャッチャーである。

失礼な書き方になるが、バッティング・キャッチャーをやっている人は、ほとんどが元プロ野球選手で、それも一流まで上り詰めた人はいない。志半ばでクビを言い渡されたものの、野球が好きで、裏方としてこの世界でやっていきたいと考えた人間である。

そんな裏方のスタッフに対して、日頃の労に報いるために食事会を開く選手は多いが、その人をアドバイザーにしようと考える選手は少ない。だが、考えてみてほしい、バッティング・キャッチャーは、毎日打撃ゲージの同じ場所に座って、ひたすら打撃投手のボールを受けているのだ。こんな経験を重ねているうちに、自分の目の前で打っている選手については、様々なことがわかるようになっている。

打撃練習を終えた私は、ゲージを出る前に決まってバッティング・キャッチャーにこう話しかけた。

「俺にいつもと変わったところはなかった?遠慮しないで言ってくれ」

すると、時には「いや、いつもより迫力がないというか・・・」とか「バッティングのグリップがほんの少しですが下がっているようです」などと、雰囲気から技術的なことに至るまで、実に的確に、かつ明快に教えてくれるのだ。彼らが教えてくれることは、自分でも気づかないでいるポイントであることが多い

一流の選手が裏方のスタッフから学ぶーー常識外れかもしれないが、自分にとって活用できることならば、常識より実を取りたい。こうした感覚を持つことは、次第に仕事における視点の置き方にも独自性をもたらしてくれるはずだから。

私は、最近いよいよ時間に追われており(苦笑)、セミナーや講演の類に以前ほど参加できないが、それでも演目に関する問題意識が明確かつ強い場合は、できる限り参加するようにしている。
そして、会の進行や演者の事情の妨げにならないと思しき場合は、演者に直接質問するようにしている。
だから、例えば、先週の土曜、私は、日本医師会主催の大腸がんのシンポジウムに参加したが、それは、今夏大腸内視鏡検査でポリープを摘出し、大腸がんの罹患にセンシティブだからであり、然るに、終了後、登壇医師のお一人で、大腸がんと内視鏡検査のエキスパートと思しき田中信治教授に、ポリープ摘出後の大腸がんの罹患を防ぐ有効な生活習慣を個別質問した

逆に言えば、演者に直接質問することがなければ、今私は、セミナーや講演の類に参加しない。
なぜなら、「演者に直接質問することがない」というのは、演目に関する問題意識が低いか、そもそも不明確、ということだからだ。
また、「セミナーや講演の類に参加する」というのは、他者に教えを請う、ということだからだ。
「問題意識」は「目的意識」に換言可能だ。
目的意識が低い、もしくは、不明確なまま他者から教えを請うのは、時間と体力の無駄であるのは勿論、そもそも他者に失礼だ。

つまり、問題意識、目的意識が明確かつ強靭であれば、落合さんが仰る通り、「指導者は広く遍く求めるべし」であり、また、それがライバルとの競合優位に十分成り得る。
たしかに、プロ中のプロのバッターである落合さんが、プロ崩れのバッティング・キャッチャーにバッティングフォームのチェックを請うのは、非常識かつ一見ナンセンスだ。
しかし、プロのバッターとして最高勲章の三冠王を常に目標に掲げ、そのための執念、試行錯誤、検証を絶やさない落合さんは、自分のバッティングフォームの無意識的な変化に対する問題意識が相当高く、その教えを日々間近でつぶさに確認しているバッティング・キャッチャーに請うたのは、非常識ではあるが極めて合理的だったと同時に、ライバルが凡そしていないことをしていた意味で、極めて戦略的だったに違いない。
他者に教えを請うには、相応の自己準備が必要だ。


P196
「時間がない」は単なる言い訳。
時間の使い方が下手なだけだ。


私は何か困難な問題にぶつかった時、自分の置かれた状況を正面からだけではなく、横から斜め、上から下と、様々な角度から見つめるようにしてきた。そうすれば、どこかに打開策はある。だからといって、こうしたやり方をほかの人に勧めることはしなかった。自分が直面した問題を乗り切る時は、その人独自の方法が一番良いからだ。自分の方向性、やり方などに独自のものを見つけさえすれば、道は何とか開いていく。

落合さんが自分の思考や言動を「オレ流」と言って憚らないのは、「淘汰を旨とする『契約社会』に生きる人間足るもの、各自『オレ流』を持って然るべし」との理念と、絶えず更なる「オレ流」を模索している自分への過干渉予防に基づいているのではないか。
落合さんの本音は、「干渉するならカネをくれ」と言ったところではないか。(笑)


P200
自分で作ったマニュアルを使えるのは自分だけ

私が85年に、本気で三冠王を獲りにいったことは先述した。そして、幸い目標通りに三冠王を獲ることができたので、私の中にはわずか1年で”三冠王獲得マニュアル”ができた。だから、次の年からはこのマニュアルに基いてシーズンを戦い、結局は引退までやり方を変えることがなかった。変える必要もないと考えたからだ。そうした経験から、自分で作ったマニュアルの使い方を書いてみたい。

自分で作ったマニュアルというものは、何かのきっかけで変えなければならないとか、マニュアル自体が通用しなくなる前に手を打ちたいということが、どこかで出てくる場合はあるだろう。だが、自分の仕事がまだ発展途上の段階にあったり、目標を達成するプロセスにいる時は、マニュアルの中身には手をつけないほうがいい。そのまま流れに任せていたほうが結果的にはいいし、余分なことをしないで済む。

「このマニュアルでやっていくのは、そろそろ限界かな」と感じた時に初めて変えても、まだ間に合う。ただ、完璧に使えなくなってから変えたのでは遅い。その微妙な差を自分自身で見極めることが大切だ。

私の場合は、86年にも続けて三冠王を獲得し、自分のマニュアルにさらなる裏づけができた。ところが、翌年以降は再び三冠王を獲ることはできなかった、つまり目標を達成していないから、マニュアルを変えずに使い続けたわけである。また、理由はもうひとつある。他の選手が私以上のマニュアルを作って三冠王を獲らなかったことだ。これは、その時点のプロ野球において、私のマニュアルが最も優れている、あるいは効果があるということを示している。そして同時に、私以上に野球を勉強している選手がいないということにもなる

そうやってマニュアルを作って仕事に取り組むことは、何も特別な能力を必要とするものではない。私だからできたのではなく、誰にでもできることだ。ただ、マニュアルの作り方がわからないだけだろう。

では、最初は誰かのマニュアルを真似てやってみて、それから自分のマニュアルを作り上げることは可能か。いや、これも難しいだろう。自分のマニュアルを使えるのは自分だけであって、ほかの人に「使え」と言っても、またほかの人が真似しようとしても、うまくはいかない。だから、一人ひとりの人間が、それぞれ自分のためのマニュアルを作っていかなければいけないのだ。私のマニュアルを同じように使って成功できるのは、私のクローン人間だけだろう。

さて、自分のマニュアルを作り出すことは、それほど難しい作業ではない。自分のことは自分が一番よく知っているわけだから、性格、考え方、仕事の進め方などを考慮しながら練っていけばいい。どんな仕事でも、自分が積み重ねてきた経験の中で、「こうすればうまくいく」、あるいは「こうしたら失敗する」というものがあるはずだ。それをしっかりまとめておいて、最終的に自分の仕事のコツにする。経験を積めば積むほどコツは増えていくーーつまり、マニュアルも確かなものになっていくはずだ。反対に、「ほかの人のマニュアルを作れ」と言われるほうが余程困難だろう。ここがコーチングの難しさとも言える。

「営業マニュアル」等、過去マニュアルを多々作ってきた者として、多々考えさせられ、多々気づかされた。

落合さんが「三冠王獲得マニュアル」まで作られていたのには驚いたが、シーズン単位での非常識な実績を契約するプロ中のプロのバッターとして当然と言えば当然だ。
一個人が長期間かつトータルで非常識な実績を出すには、精緻かつ深層に体系立てられた独自の合理とマイルストーンが必要であり、それが落合さんの言うマニュアルに違いない。
だから、落合さんは、自分が非常識な実績の極みである三冠王を86年以降取り損なうも、他に誰も三冠王を獲得できていないことから、自分以外のバッターが自分より優れた「三冠王獲得マニュアル」を持ち得ていないと判断し、引退までそれに忠実であり続けたに違いない。

きっとイチローも、「200本安打達成マニュアル」を作っているに違いない。
イチローがシーズン中毎日、カレーを食べること、球場に一番乗りして十二分にストレッチをすること、バッターボックスに入ってからユニフォームの袖を捲し上げること、ロッカールームでグラブを入念に磨きながら試合を総括することも、「200本安打達成マニュアル」の一端に違いない。

ただ、話は脱線するが、彼らの様な偉人と私たちの様な凡人を分かつのは、直接的には、こうしたマニュアルを作っているか否かということに起因するのだろうが、そもそもは、「三冠王を獲得する」とか「200本ヒットを打つ」といった高邁な目標を自らに本気で課すか否かということに起因するのではないか。
過日、吉田拓郎さんと小田和正さんの対談番組で、吉田さんが「なぜ、日本のここ10年、20年の若いミュージシャンは、ビルボードではなく、オリコンで一位を取ることにしか情熱を燃やさないのか?」との問いに、小田さんが「そこ(=ビルボード)はそもそも見てない」と答えたのを偶然見て、そう直感した。

話を元に戻して、落合さんのこのお話でとりわけ気づかされたのは、以下の二つだ。

一つは、マニュアルは、方法論や手順(プロセス)が体系的に記されているだけでなく、理念と理想も体系的に記されていなければいけない、ということだ。
世のマニュアル大半が、時間が経過するや否や、はたまた、パフォーマンスが期待値を下回るや否や、忽ち使えなくなるのは、方法論や手順が理念や理想と合理的かつ確固として紐付けられていないからだ。
理念や理想といった本質、根本は、一時の結果やTPOを筆頭とする外部要因に影響されない。
そして、方法論や手順の最適化を適宜促し、陳腐化を防ぐ。
イチローがメジャーで基本13年連続スタメン出場しているのは、「200本安打達成マニュアル」を作り、生活習慣とバッティングフォームを適宜更新しているからに違いない。

もう一つは、マニュアルの作り方は、元々は誰にも分からず、自分で編み出し、会得するものであり、かつ、やれば必ず会得できるものである、ということだ。
これは、ビジネスで例えると、経営者や幹部社員が、「ウチは、これまで営業マニュアルを作ったことがなく、誰も作り方がわからないので、コンサルタントにでも作らせよう」と考えたら、その時点でその会社の未来は終わる、ということだ。
自分を徹底的に俯瞰することと、自分の今のパフォーマンスを因果的に抽象化することの技術的かつ精神的苦痛から逃げ、自分のマニュアルを自分で作ることと、マニュアルの作り方を自分で会得すること放棄し続ける限り、好パフォーマンスの持続的な創出はあり得ない。
最近イチローが頭を丸めているのは、件の技術的かつ精神的苦痛に打ち克つ修行僧足らん意志の表れに違いない。


P214
人生で満点の答案は書けない。
だから、壁にぶち当たっても逃げるな。


ところが、口で言うほど答え探しは楽ではない。何かの壁や困難にぶち当たって、そこを切り抜ける答えが見つからないと、「これができなくても、自分はほかのことができるからいいや」と思って逃げてしまいがちだ。しかし、一度逃げてしまうと、物事をそこから先に進めることはできない。

目の前に高い壁があったとしても、それを乗り越える方法はいくつもある。ハシゴを持ってきてもいい。壁に沿って壁がなくなるまで歩けば、回り道になるが向こう側へはたどり着ける。ダイナマイトで壁を爆破させても、地面に穴を掘ってもいいだろう。とにかく考えてアクションを起こせば先に進める。だが、そうする前に「ダメだ」と諦めて帰ってきたら、何も得るものはない。

私たちの中で、目の前の壁の向こう側へ行くのに、ハシゴを持ってくることや、壁を一回りすることを着想する人は相応に居るだろうが、ダイナマイトで壁そのものを無くしてしまうことや、穴を掘って地面越しに行くことを着想する人はそうそう居ないだろう。
要するに、私たちが平凡なパフォーマンスしか出せないのは、問題解決へ向けて着想、実行するのが、専ら前者の様な正攻法だからだ。

では、なぜ、落合さんの様な非凡は、問題解決へ向けて、後者の様な非正攻法を臨機応変に着想、実行できるのか。
一番の理由は、目標達成に対する執念と試行錯誤が尋常でなく、落合さんが言う「感性」が絶えず研ぎ澄まされているからではないか。
凡人が凡人足り得るのは、専ら「できない理由」探しに明け暮れ、目標達成に対する執念と試行錯誤の放棄や挫折を自己正当化し、自ら感性を退化させているからではないか。



コーチング―言葉と信念の魔術
落合 博満
ダイヤモンド社
2001-09




kimio_memo at 07:15│Comments(0)TrackBack(0) 書籍 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
【野球】「落合博満の超野球学〈2〉」落合博満さん【映画】「若松孝二・俺は手を汚す」若松孝二さん