2015年07月

2015年07月31日

【邦画】「春琴抄」(1976)

[ひと言感想]
約40年ぶりに見た(笑)のですが、佐助が針で目を突き、気高い春琴を心眼に閉じ込めたさまは、40年前と変わらず何とも痛々しく、また、何とも凛々しく感じました。
私が自己犠牲を厭わないのは、佐助や亡き母のような、自己犠牲の果てを信じる人を見て育ったせいかもしれません。(笑)


春琴抄 [DVD]
出演:山口百恵、三浦友和
監督:西河克己 
ホリプロ
2014-12-02


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2015年07月29日

【経営】「How Google Works 私たちの働き方とマネジメント」エリック・シュミットさん、ジョナサン・ローゼンバーグさん

P341
一番嫌な質問をする

ビックがソーシャル事業に取り組みはじめたのは、こう自問した結果だった。「ウェブの主要な用途がソーシャル・プラットフォームだとしたら、それはグーグルにどのような意味を持つのだろうか」「ソーシャルウェブによって検索は時代遅れになるのか」と。とてもシンプルな方法が、企業内で変化への抗体が増殖するのを上回る速さで変革とイノベーションを進めるのに絶大な効果を発揮することもある。自分たちにとって、一番嫌な質問をするのだ。未来に向けて何をすべきか、会社についてあなたは気づいているのに、他の人々が気づいていないこと、あるいはわざと無視していることは何か(ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンはこう言っている。「私は未来の問題をとらえられるように、自分が抱くべき疑問を常に考えている」)。情報が本当の意味でユビキタスになり、ネットの影響範囲や接続性が完全にグローバルになり、コンピューティングのリソースが無限になり、たくさんの「不可能」が「可能」になるだけでなく実現しはじめたら、あなたの事業にどんな影響が出るだろうか。テクノロジーの進歩は、猛烈な上昇軌道をたどっている。それをそのまま将来の合理的な地点まで延長し、こう自問してみよう。「これは私たちにとって、どういう意味を持つのか?」

(中略)

事業を営んでいる企業には必ず「聞かれて嫌な質問」があるが聞かれないままのケースも多い。良い答えがなく、誰もが不安になるからだ。しかし、だからこそこうした質問に意味があるのだ。みんなを安穏とさせないためである。ライバルが本気で潰しにかかってくる前に、仲間内からの問いかけで不安になったほうがいい。エリック(・シュミット)はそれをサン(・マイクロシステムズ)で学んだ。一番嫌な質問に良い答えが見つからなくても、少なくとも一つはメリットがある。簡単に答えの出ない一番嫌な質問は、大企業のリスク回避的な、変化に抵抗する傾向を抑えるのに絶大な効果を発揮することがある。サミュエル・ジョンソンの言葉を借りれば、「絞首刑が目前に迫っていると、驚くほど意識を集中できるものだ」。

まず、五年後に何が真実となっているか、考えるところから始めよう。ラリー・ペイジはよく、CEOの仕事はコアビジネスについて考えることだけでなく、未来について考えることだ、と口にする。企業が潰れるのは、たいてい自分たちがやってきたことにあぐらをかき、漸進的変化しか生み出さないためだ。それはテクノロジー主導で猛烈な変化が起きているこんにち、これまで以上に命とりになる。だから「何が起きるか」ではなく、「何が起こり得るか」と自問しなければならない。「何が起きるか」を考えるのは予測であり、こんにちのような急速に変化する世界では意味がない。「何が起こり得るか」という問いは、想像力をかきたてる。常識の枠内では想像もできなくても、想像しようと思えば本当はできることは何か?

ビノッド・コースラは、1980年にはマイクロプロセッサがコンピュータだけでなく、自動車が電動歯ブラシなど、ありとあらゆるモノに使われるようになることなど想像もできなかった、と指摘する。

(中略)

だから常識を捨て、想像力をたくましくし、これからの五年であなたの業界で「起こり得ること」は何かと自問してみよう。一番速く変わるものは何か、まったく変わらないものは何か。未来がどうなりそうか考えがまとまったら、次に挙げるさらに難しい質問を考えてみよう。

とびきり優秀で資金力も豊富なライバルは、あなたの会社のコアビジネスをどう攻撃してくるだろうか。デジタル・プラットフォームを使って、どんなふうにあなたの弱点を突き、最も利益率の高い顧客層を奪ってくるだろう。あなたの会社は自らの事業を破壊するために、何をしているだろうか。カニバリゼーションや売上減少を理由に、イノベーションの芽を摘んでいないか。利用が拡大するにともない、リターンや価値が高まるようなプラットフォームを構築するチャンスはないか。

会社の経営陣は日頃から自社プロダクトを使っているだろうか。それに夢中だろうか。妻や夫への贈り物にするだろうか。顧客はあなたのプロダクトに夢中だろうか。それとも何らかの原因でしかたなく使っており、将来はその要因がなくなることはないか。他に選択肢があったら、顧客はどうするだろう。

今後発売する予定の主要プロダクト・サービスをざっと眺めたら、そのうちの何割がユニークな技術的アイデアにもとづいているだろう。経営の上層部にプロダクト部門の人材はどれだけいるだろう。会社は最高のプロダクトを生み出すうえで最も影響力の大きい社員に対し、報酬面、昇進面で存分に報いているだろうか。

経営陣は使用を経営の最優先課題にしているだろうか。幹部は実際に採用活動に時間を割いているだろうか。優秀な社員のうち、三年後も会社に残っていそうなのはどれくらいか。ライバル会社から10%の昇給を提示されただけで、会社を去りそうな人材はどれくらいいるのか。

会社の意思決定プロセスは最高の判断を生み出しているだろうか。それとも最も受け入れやすい判断だろうか。

従業員はどれだけの自由を手にしているだろう。本当にイノベーティブな人材は、職位の高さに限らず、自分のアイデアを追求する自由を与えられるだろうか。新プロダクトに関する決定は、利益ではなく、プロダクトの優位性にもとづいて行われているだろうか。

情報を囲い込もうとする人と、ルータのような働きをする人では、社内ではどちらが成功しているだろうか。縦割り主義によって情報や人の交流が妨げられていないか。

いずれも厳しい質問で、それによって問題が浮き彫りになったとしても簡単な答えは見つからないだろう。だが初めから質問をしなければ、解決策が見つかる可能性もゼロだ。従来型企業は、自分たちがどれほどのスピードで破壊されるか、気づかないことが多い。だが自らにこうした質問を投げかければ、現実に向き合うのに役立つ。また、これはとびきり優秀なスマート・クリエイティブを惹きつけ、奮い立たせるのにも効果的だ。こうした人々は挑戦を好むだけでなく、挑戦しなければならない事実を素直に認める姿勢に魅力を感じるからだ。「やれやれ、ようやくこの会社にも難しい質問に向き合う覚悟が出てきたな。それならオレたちが答えを見つけてやろうじゃないか!」

だが、ここでもう一つ厄介な疑問が持ち上がる。あなたの会社は、とびきり優秀なスマート・クリエイティブを集めるのに適した場所にあるだろうか。インターネット、モバイル、クラウド技術の興味深い影響の一つは、産業活動のハブがこれまで以上に強力になり、影響力を増していることだ。インターネットをはじめとするコミュニケーション技術の進歩によって、世界のあちこちにハブが誕生し、既存のハブの重要性が薄れるかと思われたが、実際にはその逆が起きている。さまざまな産業で、新しい小さなハブが生まれているかもしれないが、すでに存在していたハブの重要性は低下するどころか高まる一方だ。ことスマート・クリエイティブに限って言えば、物理的なロケーションの重要性はかつてないほど高まっている。

世界中の国々が技術的ハブとしてのシリコンバレーの奇跡を再現しようと努力しているにもかかわらず、そうした国々で生まれたスマート・クリエイティブがテクノロジー業界でのキャリアを築くためシリコンバレーにやってくるのはこのためだ。

(以下省略)

聞かれて嫌な質問」は「耳が痛い話」と同義だろう。
「その」質問が嫌に感じるのは、的を射ていて、耳が痛いからだ。
人は、異性の求愛の真贋を瞬間見抜けるように(笑)、他者の指摘の真否を瞬間判断でき、かつ、真のそれを痛く感じる。

しかし、異性の真の求愛は心地良く感じるのに、他者の真の指摘は痛く、不快に感じるのはなぜなのだろう。
なぜ、いずれも真実なのに、凡そ私たちは前者には肯定的で、後者には否定的なのだろう。

理由の一つは、前者が自己肯定的、自己支持的である一方、後者は自己否定的、自己攻撃的だからだろう。
現代人が生の維持を断念し、自殺するのは、物質的に食えなくる場合より、希望、生き甲斐(存在意義)、自信を喪失する場合、つまり、自己肯定が困難になる場合の方が多いが、自殺しないまでも、他者の指摘は、生の条件である自己肯定を脅かすに違いない。

経営者が「嫌な質問」を自問するのが不得手、不快なのも、本質的には同じ理由だろう。
たとえば、私は生業の経営コンサルティングで、支援企業の経営者からこう言われたことがある。
「(店長)会議に(堀に)参加されるのは、自分の尻の穴を見られているようで、(経営者としての)自分の不出来さを見抜かれているようで、堪らなく恥ずかしい」。
日本の経営者の多くが経営コンサルタントという「コーチ」を毛嫌いし、指摘を遠ざけるのは、凡そ「企業利益の最大化」という使命を忘れ、「自己肯定の最大化」という私欲を選好する(ことが制度かつ文化的に許容されている)からだろう。
楽観に足る望ましい未来が、積極的な悲観とその対処に依存することを、とりわけ経営者は忘れてはいけない。




How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス) ―私たちの働き方とマネジメント
著者:エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ
翻訳:土方奈美 
日本経済新聞出版社
2014-10-09




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2015年07月28日

【洋画】「ミリオンダラー・ベイビー/Million Dollar Baby」(2004)

[ひと言感想]
マギーがボクサーを志したのは、甚大な外部要因により恵まれなかった、人間本来の誇り(自尊心)と絆を自分の手で取り戻す可能性を見たからで、「ミリオンダラー・ベイビー」に上り詰めたのは、極論すれば余録なのでしょう。
そして、そんなマギーにフランキーがボクシングを教えたのは、マギーよりも内部要因が加味されるものの、同様に人間本来の誇りと絆を取り戻す可能性を見たからで、遂に彼女の自殺を幇助したのは、極論すればその延長なのでしょう。
人は、取り戻すべきものを取り戻したら、また、エディの言うように、そのために「やれるだけやった」ら、人生をいつ幕引きしても悔いが無いのかもしれません。


ミリオンダラー・ベイビー [DVD]
出演:クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン
監督:クリント・イーストウッド
ポニーキャニオン
2005-10-28


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2015年07月27日

【邦画】「座頭市」(2003)

[ひと言感想]
市が「最強。」だったのは、相手の太刀筋より、根本の手の内が見えたからなのでしょう。
強者の条件は、相手の企み、内面を見抜く力量、気概です。


座頭市 <北野武監督作品> [DVD]
出演:ビートたけし、浅野忠信、ガダルカナル・タカ、柄本明、樋浦勉、大楠道代
監督:北野武
バンダイビジュアル
2004-03-11


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2015年07月24日

【人生訓】「知的生活習慣」外山滋比古さん

P226
みずからを知るーーあとがきにかえて

(前略)

なにかの機会に録音テープをきくとか、よく撮れていない自分のポートレートと対面するとか、ちょっとしたことで、自分の知らない自分のあることを知ると、生活は変化し始める。多少、もの知りのつもりでいたのに、自らについてはまったく無知である、というのは、かなり大きな発見である。あまり愉快でない発見だが、新しいものを生み出すエネルギーを秘めているようだ。

それに気づくのが、知の始まりで、その日々が知的生活ということになる。
本を読んでいれば知的だと思っているのは素朴な知識信仰である。そういう知識の賞味期限は短いから、中年をすぎれば、ゴミのようになる。ゴミは進歩のじゃまになるから、廃棄しないといけない。頭のゴミ出しをするのにいちばん心強い味方になるのは忘却であるというところまでくれば、しめたものである。年をとって忘れっぽくなったりするのを嘆くことはない。むしろ日々これ新しく前進すると考えたい。老年、怖れるに足らず、の心境になれば、人生は明るくたのしいものになりうる。

そんなことを考えるのが知的生活である、と私は信じているが、ひとさまに押しつけようというつもりは少しもない。すすめようとも思わない。ひとりの愚直な人間の心にとめていることをかなりあけっぴろげに披露して、及ばずながら、他山の小石くらいに思っていただければ、著者のよろこびは小さくない。

優れた人は悉く知的だが、それはなぜか。
「無知の知」を地で行っている、否、生活習慣化している、からなのだろう。
「知性とは、自分の頭と責任で習慣化した、心身健やかな『生活』の恵みである」。
外山滋比古さんは繰り返し手を変え品を変え本旨を説くが、尤もだ。
彼らは絶えず自分の無知、未成熟を恥じ、その解決の術を緩めない。
彼らの成長への貪欲さと堕落への恐怖感が、彼らを知的で優れた人にするのだろう。
知的な人とは、常に問題意識の核を自分の未成熟に置き、その解決の試みを心身厭わない人を言うに違いない。



知的生活習慣 (ちくま新書)
外山 滋比古
筑摩書房
2015-01-08




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2015年07月23日

【第56期王位戦第二局】羽生王位、広瀬挑戦者の誤算を逃さず、無傷の二勝目をあげる

[ひと言感想]
渡辺明棋王に並び立つ若手トップ棋士の広瀬章人挑戦者をして、▲5三桂成(61手目)の受けを誤算していたのは意外でしたが、「上手の手から水が漏れる」の言葉もあり、そういうものなのかもしれません。
上手の手から水が漏れるのですから、不肖の私はもっともっと、誤算を事前に確かめなければいけません。

ともあれ、誤算してもなお「詰むや詰まざるや」の勝負形に持ち込むのですから、やはり上手は上手です。
不肖私、羽生ヲタながら(笑)、広瀬挑戦者の雪辱を祈念するばかりです。(礼)


★2015年7月22、23日催行
http://live.shogi.or.jp/oui/
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/56_02/
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/56/oui201507210101.html
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201507/0008233710.shtml (魚拓

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2015年07月22日

【邦画】「座頭市」(1989)

[ひと言感想]
今日こそ顔が映るに違いないと、母を偲んで形見の鏡を日々覗き見る市。
鏡に映った自分の顔に、見て見ぬフリばかりの人生を悔いた浪人。
初めて見た鏡の向こうの自分に、幼くして別れた母の生まれ変わりを確信したお梅。
同じ鏡でも、その効用、物語は正に三者三様でした。
モノの効用、物語を良くするのも、悪くするのも、使い手の平生の心掛けと生き様次第です。
                                              

座頭市(デジタルリマスター版) [DVD]
出演:勝新太郎、奥村雄大、内田裕也、陣内孝則、三木のり平、樋口可南子、緒形拳
監督:勝新太郎 
J.V.D.
2004-09-10


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2015年07月17日

【第86期棋聖戦/第四局】「投げない」羽生棋聖、前人未到の8連覇を果たす

[ひと言感想]
勝負の女神が微笑んだのは、▲6三歩(69手目)を失着と自覚するや否や、も外聞も悔しさもかなぐり捨てて、▲6二歩成と最後の一歩を忽ち成り捨て、「今でき得る最善」の励行を絶やさなかった羽生善治棋聖でした。
なぜ、豊島将之挑戦者は衆目認める実力者であるにもかかわらず、90手目、△4七銀ではなく△5五角と最後のチャンス手を敢行できなかったのでしょう。
失礼と誤解を覚悟して言えば、△6八歩(74手目)を失着と自覚するも、以降、「もう引っ込みがつかない」の一点張りで指してしまったからではないでしょうか。
「決着までチャンスの残存、(再)到来を信じ、犯したミスや非はすぐさま認め、『今でき得る最善』の励行を絶やさない」。
トッププロとは、最後までチャンスも、勝負も、自分自身も投げない人を言うのかもしれません。


★2015年7月15日催行
http://live.shogi.or.jp/kisei/
http://kifulog.shogi.or.jp/kisei/86_04/
http://live.shogi.or.jp/kisei/kifu/86/kisei201507150101.html

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kimio_memo at 06:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 将棋タイトル戦 | -棋聖戦

2015年07月15日

【観戦記】「第73期名人戦七番勝負〔第5局の17▲行方尚史八段△羽生善治名人〕据わりを増す目」関浩さん

盤側に張り付き、二人の横顔を見続けた。静と動。動きの多い行方(尚史八段)に対し、羽生(善治名人)の目は時間を追うごとに据わりを増し、余分な仕草は影をひそめた。

獲物を狙うぎらついた光はない。ただひたすらに対象をよく見よう、深く知ろうと欲するあまり、徐々に我を忘れ、全身が目と化していくかのような印象を受けた。

どんな競技でも終盤の山場を迎えると、自分との戦いになる。マラソンでも瞬く間にトップ集団から脱落する選手が出始める。誰もが苦しい。

ナンバーワンになる強者というものは、その苦しい状況の中で、もうひと踏ん張りの利く人たちであろう。2日目夜戦。羽生とて疲れていないはずがない。しかし、そうした修羅場をかいくぐっていくことでのみ、非常用の第2、第3エンジンは育っていく

プロフェッショナルは強者でもあるが、彼らはいつ、いかにしてその実力を得るのか。
現場であり、実戦であり、修羅場だ。
事前の過酷かつ十二分な準備がもはや直接には活きない、修羅場という、一つのミスが命取りに直結する極限状況に追い詰められてもなお、自分の勝利、成功を信じ、その到達の最善道程を捻出、敢行し続ける中で、人は実力を勝ち得るのだ。
「強者とは、非常用の第2、第3のエンジンを持つ、『もうひと踏ん張り』の達人のことだ」。
関浩さんは強者をこの旨定義したが、強者は実力者の頂点であり、尤もだ。
強者が強者足り得るのは、自分に「もうひと踏ん張り」し、相手に「もうひと押し」できる実力と自信を勝ち得ているからだろう。



★2015年7月11日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/shimen/news/20150711ddm012040053000c.html
http://mainichi.jp/feature/shougi/



kimio_memo at 06:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 新聞将棋欄 

2015年07月10日

【第56期王位戦第一局】羽生王位、広瀬挑戦者の手順前後の攻めを許さず、先勝

[ひと言感想]
感想戦によれば、広瀬章人挑戦者が▲6三角(95手目)を直接ではなく、予め▲8五歩を入れてから指していれば、悪手、敗着ではなく、正着、勝着に成った可能性があるとのこと。
指摘した羽生善治王位は、流石のひと言です。
不肖かつ下手の横好きの私、手順前後の非情さと、極限状況下の読みと検証の重要さ、それも、正確なことに加え、演繹と帰納相乱れてのそれの重要さを、改めて思い知りました。


★2015年7月7、8日催行
http://live.shogi.or.jp/oui/
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/56_01/
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/56/oui201507070101.html
http://www.chunichi.co.jp/article/igo-shogi/news/CK2015070802100026.html (魚拓
http://www.ustream.tv/recorded/66860504

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kimio_memo at 06:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 将棋タイトル戦 | -王位戦

2015年07月08日

【邦画】「39 刑法第三十九条」(1999)

[ひと言感想]
森田芳光監督の、以下二つのメッセージに考えさせられました。
裁判員を務めた時に痛感した「他者を裁くことの難しさ」を、改めて痛感しました。

【1】アカウンタビリティを欠く(=合理的に説明がつかない)、直感した真実に執着するのも「主観」なら、アカウンタビリティの範囲内で真実を規定するのも「主観」である(→前者は「真理第一主義としての」主観で、後者は「合理性の奴隷としての」主観。いずれにせよ、他者を裁くのは結局「主観」である)。

【2】人権尊重の根本は「一個人としての公正な評価」であるからして、容疑者を公正に評価すること、即ち、容疑者を公正に裁くことが、容疑者の人間性、ひいては、人権を尊重する必要条件であり、それは有罪、無罪の別を問わない。


39-刑法第三十九条- [DVD]
出演:鈴木京香、堤真一
監督:森田芳光 
バンダイビジュアル
2002-08-25


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2015年07月06日

【第86期棋聖戦/第三局】羽生棋聖、豊島挑戦者の明確な咎めを封じ、棋聖防衛に王手

[ひと言感想]
「不思議なことに、一局を通じ、豊島将之挑戦者には羽生善治棋聖を明確に咎める順が無かった」。
木村一基立会人の、この旨の局後コメントに考えさせられました。
「自分には『最善手でも相手から明確に咎められない』順を選び、相手には『最善手以外だと明確に咎められる」順を強いる」。
実際に披露されてみると成る程に思う点で、妙手と一流の勝負術は似ています。


★2015年7月4日催行
http://live.shogi.or.jp/kisei/
http://kifulog.shogi.or.jp/kisei/86_03/
http://live.shogi.or.jp/kisei/kifu/86/kisei201507040101.html

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2015年07月03日

【邦画】「わたし出すわ」(2009)

[ひと言感想]
人生は他者との「しりとり」で、お金はその有力な媒介なのでしょう。
お金は人生の、そして、幸福の必要条件ですが、十分条件でなければ、制約条件でもないのでしょう。
お金は知性のリトマス紙で、その効用は持ち主のそれを超えないのでしょう。


わたし出すわ [DVD]
出演:小雪、黒谷友香、井坂俊哉、山中崇、小澤征悦、小池栄子
監督:森田芳光 
角川書店
2011-06-08




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2015年07月02日

【洋画】「インサイド・マン/Inside Man」(2006)

[ひと言感想]
要するに、「中の人」には「獅子身中の虫」も居れば、「時機を窺うホンボシ」も居れば、「まだ見ぬ同志」も居るからして、彼らへの注意と自らへの戒めは、いつでもどこでも死ぬまで絶やすべからず、ということなのでしょう。
「中の人」を制するのが、ひいては、人生を制するのかもしれません。


インサイド・マン [DVD]
出演:デンゼル・ワシントン、クライブ・オーウェン、ジョディ・フォスター、クリストファー・プラマー
監督:スパイク・リー 
ジェネオン・ユニバーサル
2012-04-13




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2015年07月01日

【邦画】「眉山」(2007)

[ひと言感想]
歳を重ねてつくづく思うことの一つは、「歳を重ねるほど親に似てくる」ということです。
そもそも親子だから似てくるのか、はたまた、自ずと似てくるから親子ということなのか、本当の所は不明ですが(笑)、似たくない所ほど似てくることに加え、それが少なからず安堵や感謝を招くから、何とも不思議です。
「あまちゃん」の夏(演:宮本信子さん)と春子(演:小泉今日子さん)もそうでしたが、親子の和解に必要なのは「面と向かう理由」と「それなりの時間」なのかもしれません。


眉山-びざん- (2枚組) [DVD]
出演:松嶋菜々子、大沢たかお、夏八木勲、宮本信子
監督:犬童一心 
東宝
2007-11-23


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