2015年05月

2015年05月29日

【邦画】「嫌われ松子の一生」(2006)

[ひと言感想]
嫌悪と孤独は愛情の皮肉なのでしょう。
「求め過ぎず、また、与え過ぎず」。
人生の難事の最たるは、愛情の按配かもしれません。


嫌われ松子の一生 通常版 [DVD]
出演:中谷美紀、瑛太、伊勢谷友介、市川実日子、香川照之、柄本明
監督:中島哲也 
アミューズソフトエンタテインメント
2006-11-17


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2015年05月27日

【洋画】「永遠に美しく・・・/Death Becomes Her」(1992)

[ひと言感想]
なぜ、アーネストは死を前に、マデリーンとヘレンから渡された不老不死薬を投げ捨てたのか。
アンチエイジングだけが生き甲斐の彼女たちとの永遠の人生に、生き甲斐を見出だせなかったからでしょう。
永遠の命の代償が彼女たちのアンチエイジングケアなら、今死んだ方がマシだと思ったからでしょう。
人生は「生き甲斐と望む伴侶が存在してこそ」、なのでしょう。


永遠に美しく・・・ [DVD]
出演:メリル・ストリープ、ゴールディ・ホーン、ブルース・ウィリス
監督:ロバート・ゼメキス 
ジェネオン・ユニバーサル
2012-05-09


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2015年05月25日

【邦画】「昭和残侠伝 死んで貰います」(1970)

[ひと言感想]
「これよ、これよ喜楽の味は!」。
不義理に報いようと、本名を偽り、新入りの料理人として調理場に立っていた秀次郎にとって、自分が作っただし巻きを義理の母がこう頬張るさまは、正にかえ難い喜びだったのでしょう。
そして、そう思えるから、否、そう思い切れるからこそ、秀次郎は何事にも人情より義理を重んじ、貫いたのでしょう。
義理を重視、貫くのは業であり、だからこそ、人はそのさまと実行者に一蓮托生を望むのでしょう。
三島由紀夫さんと楯の会の同志が市ヶ谷に向かう車中、「唐獅子牡丹」を合唱した理由が、初めて少し分かった気がしました。


昭和残侠伝 死んで貰います [DVD]
出演:高倉健、藤純子、池部良
監督:マキノ雅弘 
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2014-03-14


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kimio_memo at 07:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画 

2015年05月22日

【第73期名人戦/第四局】羽生名人、「完封負け」から逆転勝利し、名人防衛に王手

[ひと言感想]
三つのことを考えさせられました。

一つ目は、「路線の途中変更は要注意」ということです。
渡辺明棋王の解説を拝聴するに、行方尚史挑戦者の路線は、78手目の△3三銀辺りまでは、羽生善治名人の無理攻めを切らした「完封勝ち(→相手からすると以降有効な指し手が無い)」のそれでしたが、80手目の△3六歩からは「一手勝ち」のそれに変わり、それが羽生名人の逆転を呼び込んだように思えます。

二つ目は、「負けは確定するまでは負けではなく、試みが失敗したら素直に認め、立て直しに最善努力するが吉」ということです。
1五まで繰り出した銀を3七まで引き戻した羽生名人の辛抱と素直さこそ、逆転の最大の呼び水になったのではないでしょうか。

三つ目は、「経験値と直感(主観)は両刃の剣」ということです。
渡辺棋王が「(行方挑戦者の)完封勝ち」とまで判断した局面、及び、形勢を、コンピュータソフトは約400点の「優勢レベル」としか判断していませんでした。
後にそれを知った渡辺棋王は不可思議さを吐露なさっていましたが、もしかすると、当時の局面、及び、形勢は、正しくはそうだったのかもしれません。
経験値と直感はやはり両刃の剣であり、とりわけ負の方に羽生名人が過剰依存しなかったことも、逆転の大きな呼び水になったのではないでしょうか。


※追記/ご参考
渡辺明棋王が自身の翌日のブログで、「『完封勝ち』との形勢判断は、プロの思い込みの可能性がある」旨吐露なさっています。
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/1e34349bef47651517677b622042f89b


★2015年5月20、21日催行
http://mainichi.jp/feature/shougi/meijinsen/
http://mainichi.jp/feature/shougi/meijinsen/etc/73/150520.html
http://mainichi.jp/feature/news/20150522k0000m040111000c.html
http://www.asahi.com/articles/ASH5P2RVPH5PUCVL001.html
http://twitcasting.tv/asahi_shogi/movie/170371376 (感想戦のツイキャス動画)
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10206683071258212.1073741946.1316444751&type=1&l=9bccb9c412
https://plus.google.com/photos/104086542955423361492/albums/6151550406136236017?authkey=CJqm4su-pZKB0gE

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kimio_memo at 09:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 将棋タイトル戦 | -名人戦

2015年05月21日

【経営/日本文化】「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る」デービッド・アトキンソンさん(小西美術工藝社会長兼社長)

P123
滝クリスピーチへの違和感

(前略)

このようなスピーチのなかで、彼女(=滝川クリステルさん)は「お・も・て・な・し」とひと文字ずつ区切って強調したうえで合掌をしましたが、あの姿に私は非常に大きな違和感を覚えました。なかでもこれはまずいと思ったのはあの言い方です。

海外のネットやマスコミで酷評されたので、ご存知の方も多いかもしれませんが、「お・も・て・な・し」のような単語を区切って強調する言い方は、相手を見下げている、バカにした態度ととられてしまうのです。さらに驚いたのは、このような批判を受けても、滝川さんはどこ吹く風で「日本国内では絶賛されました」というようなコメントをしたことです。「おもてなし」と言いながらも、「客」の評価などどうでもいい。これでは単なる自分たちの身内で自慢話をしているような印象でしかありません

(後略)

P125
東京五輪を世界はどう見たか

このような誤解の中でも最も大きなものは、外国人が求めている「おもてなし」と、みなさんが考えている「おもてなし」についての相違でしょう。

データを調べてみると、外国人が日本への旅行でどんな「おもてなし」に感動するのかというと、日本人ひとりひとりの個人としての「おもてなし」なのです。困っていると助けてもらえる、道を案内してもらえるなどなのです。

たしかに、日本式の「お辞儀」なども、欧州からなくなっている作法ではありますが、それはあくまで表面的なもので、真に評価されているのは、日本人の優しさ、その心です。

ところが「個人」ではなく日本の会社、飲食店、ホテルなど、いわゆる法人が提供するサービスというのは、みなさんが思っているほど評価が高くありません。むしろ、一方的なサービスの押しつけや、臨機応変がきかない、堅苦しいと酷評されるケースも多いのです。

評価が高いのは「日本人のおもてなし」であって、日本という国家や東京という「都市のおもてなし」ではないのです。個人に対する評価を強引に、組織に結びつけてはいけません。

(後略)


P130
客の都合に合わせない

(前略)

つまり何を申し上げたいのかというと、外国人が日本人に期待している「おもてなし」と日本人が現実におこなっている「おもてなし」の間には非常に大きな隔たりがあるということです。

滝川クリステルさんが言うような「おもてなし」を真に受けた外国人は、日本人の多くが見返りも求めずに「客」に奉仕をしてくれるサービス精神の持ち主だと思います。しかし、実際の日本人の「おもてなし」は違いますサービスの大前提として、そのサービスを享受する側ではなく、”供給する側”の都合がまず優先されることが多いのです。

一般的に日本の高級旅館というのは、起きる時間、寝る時間、食べる時間帯、そして食べる内容まで、供給者側が決め、客はすべてそれに従うというのが主流ではないでしょうか。

この関係性は、家に招いた主(ホスト)と、招かれた客人(ゲスト)にたとえるとわかりやすいかもしれません。

先ほどの老舗温泉旅館の場合、私たちは「客人」ではありますが、早く部屋に入りたいという要望を受け入れてもらえませんでした。老舗温泉旅館という「主」の都合が悪かったからです。その家に招かれている以上、家の主が定めたルールに従わなくてはいけませんし、主の都合が悪くなれば「客人」は満足のいくもてなしを受けることができません。

つまり、日本の「おもてなし」というのは”客の都合”に合わせるという概念が欠如しているのです。


P133
「おもてなし」は受け手が決める

(前略)

以上のことから、「おもてなし」について重要なポイントは二つあります。ひとつは海外では「おもてなし」を受けたかどうか、評価をするのは客であって、供給者側が決めるものではないということ。そして、もうひとつが、日本人が自画自賛する「おもてなし」と、外国人観光客が評価する「おもてなし」は違う場合があるということです。

『おもてなし』を受けたか否かは受け手が決める
デービッド・アトキンソンさんのこのお考えは成る程であり、また、尤もだが、これは、いかに自分が「美味しい料理を作った」とか、「あなたを愛している」と言い張ろうと、当の本人が「美味しくない」、「愛されていると感じない」と思えばそれまでであるのと根本は同じだろう。
オリンピックは「参加すること(そのもの)」に意義がある(と昔から言われている)が、人の営みは基本、営みそのものには意義がなく、営みを営みたらしめるには、何より先ずコンセプト、並びに、所与の目的に即している必要がある。

では、「おもてなし」の、否、「お客さまをもてなす」ことのコンセプトは、一体何なのだろう。
一番は、「『個』客満足の最大化」だろう。
「不肖の自分と袖振り合った”その”お客さまに最も満足いただくには、最も心身笑顔になっていただくには、どうしたら良いか?」
お客さまを、更には、他者(ひと)を「もてなす」ということは、こう考え、修練と試行の日々を送っていて初めてできることであり、日本人なら誰でも何時でも何処でもできることでは断じてない。
たとえば、その基本とも言うべき「お辞儀」にしても、道すがら遭った人に「一旦立ち止まって」している日本人は皆無に等しいが、それはそういうことだ。
「お客さまをもてなす」ことに限らないが、先ず自分がコンセプトを理解していなくて、更には、その具現に日々留意、努力していなくてできることなど、その結果は、はたまた、当の本人に与える効果は、所詮知れている。

また、日本人が職場で「お客さまの都合」より「自分の(組織の)都合/ルール」を優先する嫌いがあるのは、自分が組織的に「浮いて」しまうことの畏怖に大きく裏打ちされていよう。
雇用が非流動的な日本において職場で「浮いて」しまうことは、死に等しい。
自社を日本一の「おもてなし」企業にしたい経営者は、先述のコンセプトの全社共有とその具現のための環境整備に、そして、「個」客満足評価がフィードバック、算入可能な業績評価システムの構築に、速やかに着手すべきだ。


P195
おわりに

(前略)

日本の特徴のひとつは、やたらと「問題」を指摘する声が多く、その類の会話が多いことだと感じています。そもそも、「問題」とは言ってみれば理想と現実の差がもたらすものですので、理想を高くもつ日本社会ならではの特徴かもしれません

私は高き理想を掲げる日本の文化が好きです。しかし、なぜかこの何十年間は、あちらこちらの場面で理想と現実の差が広がってきているような印象を受けます。

高い理想を維持しつつ、現実のギャップを縮小していく日本経済、日本社会の取り組みに大いに期待をしております。

「日本の特徴のひとつは、やたらと『問題』を指摘する声が多い」のは完全に同意するが、その原因が「日本人の理想の高さ」というのは完全には同意しかねる。
デービッドさんのこのお考えは日本、及び、日本人(読者)へのリップサービスだろう。
たしかに、日本には「ケガレ(≒不純さ)」を嫌悪する慣習が根強く在り、それを、「理想」という「純粋さ」を良くも悪くも強く嗜好するが故と解釈できないこともない。
しかし、私たちが声高に叫ぶ「問題」は、専ら家の内外を問わず自分事ではなく他人事であり、かつ、未解決であるからして、主因は、私たちの自己逃避や責任転嫁(他責)の習癖に思えてならない。
「問題」は「叫ぶモノ」ではなく「解決するモノ」、「解決してナンボのモノ」だ。







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2015年05月18日

【洋画】「戦火の勇気/Courage Under Fire」(1996)

[ひと言感想]
生きることの一つは、心に重荷を背負うこと、そして、良心の呵責に耐えること、なのでしょう。
また、もう一つは、重荷を下ろし良心と折り合いをつけること、そして、その試みを諦めないこと、なのでしょう。
口実が通じ、許されるのはあくまで俗世間だけであり、良心には無理に違いありません。


戦火の勇気 [Blu-ray]
出演:デンゼル・ワシントン、ルー・ダイアモンド・フィリップス、マット・デイモン、メグ・ライアン
監督:エドワード・ズウィック 
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2010-07-23


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2015年05月15日

【洋画】「ロビン・フッド/Robin Hood」(2010)

[ひと言感想]
救世主とは、基本的人権の奪還とあるべき未来の到来を唱え、先陣を切る命知らず、のことかもしれません。
人を、社会を、未来を変えるのは、一芸に秀でた一外様の信念と実行力なのでしょう。


ロビン・フッド [DVD]
出演:ラッセル・クロウ、ケイト・ブランシェット、マックス・フォン・シドー、マーク・ストロング、オスカー・アイザック
監督:リドリー・スコット 
ジェネオン・ユニバーサル
2012-04-13




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2015年05月13日

【ゴルフ】「勝負論」青木功さん

P110
8Hole-1
おれ流「失敗の克服」法

ゴルフは「失敗ありき」のスポーツだ。

(中略)

プレイヤーによって考え方は違うかもしれないが、おれはゴルフで結果を残すためにはある程度のミスはあって当然だと思うようにしている。

もちろん、ショットの前は常に目標物のピンに「寄せてやる」っていう気迫を持っている。「ミスをしたらどうしよう」というマイナスの考えは一切入れない。ミスを恐れているとどんどん気が滅入ってしまって簡単なショットまで自分で難しくしてしまいかねないし、少しでもそういう考えが頭に入るとイヤな雑念が湧いてミスショットの確率を増やすだけだからだ。

だから、「失敗はあって当然」「ミスしたらその時に考えればいい」という意識を心の片隅に置くようにしている。第一、失敗したところで命までとられるわけじゃあない。

左にOBがあれば「ああ、そうなのか」、バンカーが手前にあるなら「入ったら入った時だ」と、気軽に考えられるようになれば、それだけで大きなミスはだいぶ減るものだ。

それでも失敗したら、その時はきっぱり気持ちを切り替える他ない。打ってしまったものは後から取り戻せないわけだし、プレー中ずっとその一つのミスをくよくよ引きずっていたら、いつまでも次のナイスショットにはつながらない。ゴルフは精神的な部分が影響しやすいスポーツだから、それだけに素早い気持ちの切り替えと、どんな状況でも耐えられる強い精神力が必要になってくるのである。

(中略)

こういう考え方というのは一般企業でも同じじゃないだろうか。ちょっとした発注のミスやお得意先との交渉の行き違いなど、どんな仕事にしたって何かしら失敗はつきまとう。自分の仕事を最初からいい加減な意識でやっているなら別だけど、全力を尽くしてミスがあったのなら気持ちを切り替えるしかない。逆に、その失敗を気にし過ぎて沈んでばかりいては、いつまで経っても次に進めないし、何の解決にもならないんじゃないかな。

よく「失敗は成功のもと」と言うじゃない。いつまでもミスを悔やんでいるくらいなら、次の一手を考えた方が成功につながる。

大袈裟だけど、失敗を悔やむ前にそれを喜ぶぐらいの気持ちでなければ、どんな世界でも成功する確率は上がらないのだ。

突き詰めていくと、ゴルフも人生も失敗の繰り返しで成長するものなんだな。最初から全てを上手くできる人間なんていやしない。「ああそうか、こういうものなんだ」「次はこうやってみよう」って、失敗するからこそ次につながる何かを見つけて成長していくんだ。

「失敗は『悔やむべきモノ』ではなく『喜ぶべきモノ』であり、そう思えなくば、成功はおぼつかない」。
青木功さんのこのお考えは成る程だが、もっと成る程なのはこのお考えの基盤に在る、「失敗は人生そのものに加え、成功と成長の所与である」旨のお考えだ。
成る程、「レジェンド」足るプロフェッショナルの頭脳からすると、失敗が人生の既定の当然なら、成功と成長も人生の既定の当然なのだ。
かくして・・・

P151
そう考えると1980年にニュージャージー州の『バルタスロール・ゴルフクラブ』で開催された『全米オープン』は、2位という成績だったけれど完全燃焼ができた。

(中略)

そのまま決勝ラウンドに進み、おれは迎えた3日目も68とした。ジャック(・ニクラウス)は70のパープレーで、3日間を共に戦って、ジャックもおれも通算6アンダーで首位。遂に最終日も2人で回ることになった。

(中略)

最終日には、優に3万人を超えるギャラリーが詰めかけた。そのうちの3分の1は、おれたちの組についたという。ティグラウンドからグリーンまでがギャラリーで埋め尽くされ、「ジャック・イズ・バック!」と物凄い声援に、おれは「ジャック、ジャックってうるさいんだよ。アオキだって来てるじゃないか」と反発しつつも、雰囲気に飲まれそうだった。

ただ、何事も自分の都合の良い方に解釈するのがおれの特技である。途中から「ジャック・イズ・バック!」という声が、「アオキ、ガンバレ!」と聞こえるようになった。完全に自分だけの世界に入っていたのだ。

・・・青木さんが「ジャック・イズ・バック!」なる大声援を「アオキ、ガンバレ!」と空耳できたのは、トッププレイヤーに成るのが既定の当然に思えていたからに違いない。



P125
9Hole-2
道具との付き合い方について

(前略)

それにしても、最近の子は普段から「上手だね」とか「凄いぞ」って”おだてられて”教わっているのか、はたまたミスをして叱られるのが嫌なのか、失敗することを極端に恐れていると感じる。教育論めいた言い方になっちゃうけど、大人は「失敗は怖くないんだよ」とか、「失敗を恐れて逃げちゃう方がよっぱど格好悪いんだぞ」って教えなきゃいけないと思う。逆に言えば、失敗して「何やってるんだ」「下手くそだな」なんて叱る前に、「どうして失敗したか考えてごらん」「次の課題が見つかって良かったな」と”褒めて”あげなきゃいけないんじゃないか

誰だって、苦手や不得手な部分を指摘されたらいい気はしない。でも、かといって変におだててしまったら勘違いをしてしまうだけである。

「私は褒められて伸びるタイプなんです」なんて言う人もいるけど、それは褒められてきたんじゃなくて、単におだてられてきただけだろう。本当の意味での”褒める”っていうのはその人に裏付けのある自信を持たせることだと思うね。

私事で恐縮だが、私は他者(ひと)を矢鱈に褒めない。
なぜか。
「取り立てて肯定評価すべき意義を見つけ難いから」や「却って変に勘違いさせてしまう(→結果的に逆効果に成る)可能性が高いから」と自覚していたが、青木さんの「『褒める』と『おだてる』の差異論」を拝聴し、「『裏付け』の怪しい自信の提供に抵抗と罪悪を覚えるから」が真因だと気づいた。
そうなのだ。
「褒める」と「おだてる」は紙一重かつ要注意であると共に、「褒める」ことの主眼は「裏付け」、即ち、「合理的かつ再現可能な根拠」に基づいた自信を提供し、他者を刹那的にではなく、持続的にモチベート(motivate)することなのだ。
”その”他者に「好かれたくて」、もっと言えば、「嫌われたくなくて」、「裏付け」を見つける労を惜しみ、単に直感的、脊髄反射的に「おだてる」のは、「おもねり」や「おべっか」と変わらず、利己的で恥ずべき行為なのだ。



勝負論 (新潮新書)
青木 功
新潮社
2015-03-14




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2015年05月12日

【相撲】「大相撲横綱審議委員会による稽古総見、白鵬の逸ノ城への『かわいがり』」白鵬翔さん

[ひと言感想]
本イベントは基本インナーイベントなのだろうが、やはり横綱白鳳は、羽生善治名人と同様、相撲界の第一人者、代表者としての自覚を確然とお持ちなのだろう。
土俵に上る前からも土俵下で一人ですり足の稽古するなど、観客に絶えず自分を「見せて」、もとい、「魅せて」いた。

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逸ノ城への「かわいがり」は「お約束」なのだろうが、これまた「魅せて」いたし・・・

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・・・勿論自身の低く、速く、強いぶつかり稽古も「魅せて」いた。
第一人者、代表者足る者、「魅せて」ナンボに違いない。


★2015年4月29日、両国国技館にて催行
http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1468891.html
https://plus.google.com/photos/104086542955423361492/albums/6147572038894235489 (googleフォト)
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10206613262513037.1073741939.1316444751&type=1&l=57daaa7d6c (facebookアルバム)

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kimio_memo at 12:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0) イベント 

2015年05月11日

【第73期名人戦/第三局】羽生名人、絶好の手渡しで二勝目をあげる

kimio_memo at 07:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 将棋タイトル戦 | -名人戦

2015年05月07日

【洋画】「グラン・トリノ/Gran Torino」(2008)

[ひと言感想]
とりわけ考えさせられ、そして、そんなものなのだろう、と思ったのは、ウォルトとタオ一家、及び、タオが心を通わせる契機に成ったのが、彼らの誤解だということです。

たしかに、ウォルトはタオを同族の不良連中から救いましたが、あくまでそのココロは、連中を自宅の敷地から追い払い、侵犯を食い止めたかったからです。
タオを守り、助けたかったからではありません
しかし、タオ一家からすると、そんなウォルトのココロ、即ち、動機はどうでも良かった。
タオが、隣人付き合いの無かったウォルトに救われたこと。
否、隣人付き合いを試みてこなかった自分たちをウォルトが救ってくれたこと。
この事実と結果は、ウォルトの動機は何であれ、タオ一家からするとこの上なくあり難かったに違いありません。
彼らがウォルトの行為を「善意に解釈」、即ち、「好都合かつ積極的に誤解」し、以後、ウォルトとの交際を積極的に試みたのは極めて自然です。
そして、その積極的な試みがウォルトの頑なな心を溶かし、彼の善意を、人を信じる思考態度を呼び覚ましたのも、極めて自然です。

時に、誤解は人を救い、人は誤解に救われるものなのでしょう。
人が他者とやり直すには、また、人生をやり直すには、誤解が有効かつ不可欠に違いありません。


グラン・トリノ [DVD]
出演:クリント・イーストウッド、ビー・バン、アーニー・ハー
監督:クリント・イーストウッド
ワーナー・ホーム・ビデオ
2010-04-21


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2015年05月01日

【邦画】「男はつらいよ 第17作 寅次郎夕焼け小焼け」(1976)

[ひと言感想]
「あの時、ああすれば良かったなあ」。
「あの時、どうしてあんなことしてしまったんだろう」。
たしかに、志乃さんが仰るように、人生に後悔は付き物であり、人は生涯後悔の奴隷です。
私たちは日々合理的かつ潔い決断に励み、下したそれを信じるほかありません。

寅次郎の青観への頼みは、非常識かつ滅茶苦茶です。
とりわけ青観のように、心身の切り売りではない所で仕事をしている人、働いている人には、無礼千万も良い所です。
しかし、「働くこと」が「傍を楽にすること」、もっと言えば、「他者を助けること」であるのも真理であり、困り果てた人を救うためだけに「働くこと」、青観においては「絵を描くこと」も、時にあり得るのかもしれません。
寅次郎の、仕事そっちのけの人生は、突き詰めて言えば、他者を助けてばかりで自分を全く助けない(笑)人生は、後悔待ったなしに違いありませんが、救える他者を、それも「袖振合った」縁者を全く救わず、只管自分を助けるためだけに仕事をする人生も、後悔は待たないのかもしれません。


松竹 寅さんシリーズ 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け [DVD]
出演:渥美清、太地喜和子、岡田嘉子、宇野重吉
監督:山田洋次 
松竹
2014-07-25


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