2011年11月

2011年11月30日

【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第22局の5(指し直し)▲郷田真隆九段△谷川浩司九段〕激闘決着、郷田3勝目」上地隆蔵さん

「負けました」

谷川(浩司九段)、投了。
18時間以上に及ぶ激闘が、ようやく決着した。
終局時刻は午前4時37分。
郷田(真隆九段)は執念で持将棋に持ち込み3勝目、谷川の連勝を4で止めた。
両者疲労困憊のはずだが、感想戦は2局分行われた。
郷田は勝っておごらず、谷川は負けて腐らず。
その真摯な姿勢を学び取るべく居残っていた若手棋士たちが熱心に耳を傾けている。
勝つことの大変さを改めて思い知らされた一局だった。
すべてが終了した頃には、空が白み始めていた。

勝利した郷田真隆九段と惜敗した谷川浩司九段は、将棋盤の前で心身を完全燃焼してもなお、「感想戦」という自己の過誤と可能性を検証、発見する重要既定プロセスを、空の白みを躊躇せず全うなさった。
「いかなる時でも、でき得ること、やるべきこと、やると決めたことをやり切ること」。
郷田さんと谷川さんが果たされた本行為こそ正に「最善努力」だ。

心情態度が真摯だから最善努力を励行するのか、それとも、最善努力を励行するから心情態度が真摯になるのかはここでは不問にするが、一つ言えるのは、若手の突き上げが年々強さを増す中、ベテランの両者が依然トッププロの地位にあるのは、最善努力の励行のてん末に違いない、ということだ。
最善努力の励行は、成長、成功の十分条件ではないが、必要条件に違いない。
若手棋士が両者の感想戦に終始聞き入ったのは、本局の正誤を究めることが主眼だったに違いないが、本事項の得心を深めることが真因だったのではないか。



★2011年11月30日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



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【BSフジ】「立川談志さん追悼特別番組/メッセージ.jp」立川談志さん

danshi
【福田和也さん】
家元の場合、やっぱり、さっきご自分でも仰ってましたけど、プロデューサーみたいな側面も凄くありますよね。

【立川談志さん】
そうねぇ。

【ナレーション】
「笑点」大喜利の名脇役、座布団運び、(当時)談志さんがそこに抜擢したのが、昔からの友人だった若手俳優、石井伊吉。
彼に「毒蝮三太夫」という新たな芸名を与えます。

【福田和也さん】
毒蝮さんも、ある意味で言うと、やっぱり、家元のプロデュースの産物・・・

【立川談志さん】
俺の作品ですよ。
あんなの、ほっときゃ、売れなくてヨボヨボになって死んでいるかどうかもわからねえ。
何の芸もねえんだもん、アイツは。
台詞も満足に言えねえんだ、アイツ。

【福田和也さん】
昔は好青年の俳優だった・・・

【立川談志さん】
そうそうそう。

(中略)

まあまあ、そりゃまあ、傑作の一つですけれどね、私のね。

【福田和也さん】
というか、毒蝮さんのその可笑しさですよね、あの例の、ホームから突き落とそうとしたという。
ホームで電車が入ってくる時に、毒蝮さんが、家元をこうパァっと突き飛ばして・・・

【立川談志さん】
(それで)ぐるっと回った記憶はアイツだったか誰だったか。
アイツぐらいだろうな、きっと、あんなことをやるヤツは。

【福田和也さん】
でも、(談志さんは)ホームの柱に取り付いて「お前、もし死んだら、どうすんだ!」って言ったら、毒蝮さんがね、「そりゃ、洒落がわかんないヤツ」になるんだろうなって(言ったらしいですね)。(笑)

【立川談志さん】
だから、面白い部分だけをね、アイツ、自分でも何が面白いかわかってないんだよね。
(ある時)「ウチの母親が手を折っちゃった」って言うと、(毒蝮さんが)「そうか、大変だな。歩けねえな」って(応答したんですよ)。
(応答の内容が頓珍漢なので、私が)「お前、人の話をどう聞いているんだ!何で腕折って歩けねえんだ!」(って返すと、毒蝮さん曰く)「這って」だって。(笑)
そりゃそうだ、(腕の骨を折ったら)手を這って歩けねえよな。
(毒蝮さんの)そういう面白い所を、俺がピックアップしてやったわけよ。
だから、自分で何が可笑しいかわからねえんだ、アイツな。
山の様にあるよ、蝮語録って。

「本人が未知の、未自覚の強みを引き出し、対象顧客向けに価値化(競合優位化)すること」。
成る程、「プロデュース」の本質は、これに違いない。

天才の言は、概して比喩的だが、殊に本質的で、理解容易だ。
これは、羽生善治さんの言を拝聴する度思うことだが、立川談志さんのこの(これ以外も多々そうだが)言を拝聴し、再認識した。
天才落語家、立川談志さんの冥福を改めて祈念したい。(敬礼)



★2011年11月26日放映分
http://www.bsfuji.tv/top/pub/message.html

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2011年11月26日

【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第22局の1(指し直し)▲郷田真隆九段△谷川浩司九段〕持将棋指し直しに」上地隆蔵さん

午前1時40分、谷川ー郷田戦は191手で持将棋が成立した。
図がその局面。
角換わり腰掛け銀同形から谷川(浩司九段)がリードを奪ったが、郷田(真隆九段)が徹底した粘りでミスを誘い、執念で入玉を果たした。
最後は泥仕合で、入玉嫌いの谷川も受け入れるしかなかった。
郷田玉の前進を阻止する手段が発見できず、対局途中、焦りとイラ立ちから谷川の表情が何度かゆがんだ。

(中略)

自分の駒数は無論、おそらく相手の駒数も足りていると確認したところで、郷田は「持将棋でいいですか?」と切り出した。
谷川は「私はもう・・・(構いません)」と、その提案に同意。
駒取り合戦の不毛な指し手は棋譜を汚す。

(中略)

30分、つかの間の休憩。
谷川と出くわした本紙記者の証言によれば「谷川さんはっはっはっと笑っていた」とのこと。
持将棋にしてしまったことに対する自嘲の笑いだったに違いない。

午前2時10分、先後を入れ替え、指し直し局が開始された。
(本局では後手番になった)谷川はゴキゲン中飛車を選んだ

トシをとってつくづく思うのは、「面白く感じるから、良機嫌だから、元気だから、笑う、笑顔になる」のではなく、「笑うから、笑顔になるから、面白く感じる、良機嫌になる、元気になる」ということだ。
トシをとるということは、死に近づくことであると同時に、人生の本質と不条理、そして、自分の可能性の減少を思い知るということだ。
トシをとって笑顔が減るのは、このためだ。
心情の有り様の多くは、態度に依存する。
入院患者が不機嫌なのは、そもそも一人で寝る以外無いからだ。

だから、谷川浩司九段は、深夜2時過ぎ対局を指し直す前、「はっはっはっ」とお笑いになったのではないか。
そして、戦法に「ゴキゲン中飛車」をお選びになったのではないか。
自らのミスで勝利を逃し、棋譜を汚したリベンジには、自らの気力の再興が不可欠であること。
そして、それには、笑いと良機嫌な態度が有効かつ不可欠であること。
実績者且つ人格者でもあられる谷川さんのこと、これらは既知、励行事項に違いない。



★2011年11月26日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



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2011年11月24日

【将棋】「AERA2011年10月24日号/渡辺明の強さの秘密・羽生の集団催眠解いた男」渡辺明さん

P31
渡辺にとって将棋の研究は楽しいものなのか、それとも苦しいものなのか。

「いやあ、半々ですかね」という答えが返ってくるかと思いきや予想ははずれ、渡辺はキッパリこう言い放った。

将棋の研究は楽しいということはありませんね。
基本的には渋々やっています

世の中のサラリーマンがこなすルーチンワークとも異質な感覚という。

社会に出て会社勤めするのは大変です。
会社の仕事は、やらないとクビになってしまうじゃないですか。
将棋指しの勉強は、別にやらなくても将棋は指せますからね。
そのぶん楽ともいえるのでしょうが、だからこそ渋々やらなくちゃけない。
何もやらなくてもいい成績が残せるなら一日中、競馬見たり子どもと遊んだりしていますよ。
研究に駆り立てるものは、ある程度のレベルの将棋は指さなくてはという義務感ですね。
それで渋々やっている以上は、勝つくらいしか楽しみがない。
その点についてはかなり執着しています

非凡の思考を凡人が読み解く愚を覚悟すれば、要するに、渡辺明竜王は以下の様にお考えということか。
相応に正しければ、渡辺さんが「極めて合理的、現実的で強い」のが改めて深く頷ける。



サラリーマンにとっての仕事は、プロ棋士にとって対局(=公式戦で将棋を指すこと)だ。
サラリーマンが仕事をサボると職業(生活の糧)を失う可能性があるが、プロ棋士は、そもそも将棋が好きでプロになるからして、対局をサボることは考え難く、対局をサボって職業を失う可能性は低い。
また、対局そのものは「やればできる」ので、対局するからといって、将棋を研究すること、勉強することは必ずしも必要ではない。
つまり、サラリーマンとして日々仕事をしている多くの将棋ファンと比べると、自分たちプロ棋士の生活はボトムラインが低く、楽だ。

しかし、プロ棋士は、元々「将棋を指すことが何より好きだから」、「もっと強い人に勝ちたいから」、「もっと強くなりたいから」プロ棋士になったはずであり、「生活が(サラリーマンよりも)楽だから」ではないはずだ。
それに、プロ棋士は、多くの将棋ファンが注目してくれるからこそ、存在し得る職業だ。
そもそも将棋は、食べ物のように生命の維持に貢献する必需品とは異なり、映画のように精神の高揚に寄与する娯楽品だ。
つまり、プロ棋士は、彼らに感動で精神的に報恩することが義務付けられた職業であり、彼らより生活が楽であって然るべきではない。

もし、プロ棋士の生活が将棋ファンより楽なら、それは、義務を怠っている、即ち、彼らにプロ棋士ならではの高レベルの将棋を披露していないはずで、実績もたかが知れよう。
彼らにプロ棋士ならではの高レベルの将棋を披露するには、渋々であれ、日々不断に将棋を研究、勉強し、実力の向上に勤しむのが順当だ。
そして、人生をかくも費やしてやるからには、何としても対局で勝つべきだ。
さもなくば、人生、何をやっているかわからなくなり、損だ。




※1:その他の感動箇所は、こちらのwebページに原文のみ転載
※2:原文のインタビュアー(記事執筆者)は将棋観戦記者の小暮克洋さん



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2011年11月23日

【観戦記】「第70期名人戦C級1組順位戦〔第1譜▲糸谷哲郎五段△内藤国雄九段〕糸谷節」上地隆蔵さん

内藤(国雄九段)といえば、泣く子も黙る将棋界の大御所。
しかし糸谷(哲郎五段)は萎縮せず自分の力を発揮しているようだ。
約5年前、中原(誠)十六世名人と対戦したとき、糸谷は感想戦で自分の意見を曲げず、中原がタジタジになった。
武勇伝のようなこのエピソードはすぐ将棋界に広まった。
もっとも最近は発言が控えめ。
また糸谷節で将棋界を盛り上げてほしい。

私は、糸谷哲郎五段のこのエピソードは知らなかったが、糸谷さんらしいと思い、一読するや否や破顔した。(笑)
糸谷さんは、感想戦で思考の是非を究めないこと、得心しないことこそ、対戦者に対する最大の無礼と自己成長の最大の障害であると、ただ純粋にお考えなのではないか。
だから、永世名人の中原誠さんにも、不本意な迎合を行なわなかった。
糸谷さんにとって、このエピソード、並びに、詰る所「糸谷節」とは、それ以上でもそれ以下でもないのではないか。

若者にとって、一番の弱みは、経験の絶対値不足に起因する無知と無礼だ。
しかし、それらは、一番の強みでもあり、また、成長の好材料だ。
私は、糸谷さんの持続的なご成長とご成功を祈念して止まない。


〔追伸〕
ブログ「SHOGI DIARY」の筆者のしょうぎダイアリー(@shogidiary)さんから、糸谷哲郎五段のこのエピソードの対局をお知らせいただきました。
しょうぎダイアリーさんに、改めて感謝いたします。(礼)



★2011年11月21日付毎日新聞夕刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



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2011年11月20日

【将棋】「将棋世界2010年12月号/鬼六おぼろ談義〔第一回〕天才棋士たちとの思い出」団鬼六さん

P83
私は昔から将棋を愛すと同時にどういうわけか棋士が好きだった。
何故、棋士が好きかというと棋士には大人の世界の悪徳的なものから解放された幼児性があるからである。
囲碁にしろ、将棋にしろ、それぞれの棋士は碁を打つ、将棋を指す、という専門部分のみに価値があるのであって、その棋士から専門的部分を取り除いて価値づけようとすると、万事、全て素人くさくてまるで値打ちがない。
その世事に疎いということ碁、将棋抜きではこの棋士は語れない、ということが棋士というものの魅力に感じられたものだ。
とにかく小学校、中学校時代から奨励会に飛び込んで、将棋一筋に育ってきている人間というものは何か大人になり切れない子供っぽさを持っているものである。
俗世界に毒されてしまった私などは彼らと接することで、ふと魂の安らぎを感じることもある。
大人の世界に加わる前の自由で奔放な少年時代を若い棋士、いや、中年棋士、いや老年棋士からも充分嗅ぎとることができるのだ。
メンコやビー玉に熱中していた子供の時代というものが、やはり人間の黄金時代だと私は思っている。

私には七才離れた兄が居る。
彼は、私とは異なり頭が大変良く、将棋に長けていた(→囲碁もだがw)。
私は小学生時分相手を強いられ(笑)、彼には全く勝てないものの、高校を卒業する頃にはソコソコ(笑)強くなった(→最高で将棋会館道場初段位)。
大学入学後は酒、オンナ、クルマ、音楽、仕事に追われ(笑)全く指さなくなり、羽生善治さんと「羽生世代」の台頭ぶりを報道で見聞きする程度になったが35才頃、たまたま出先でウン十年ぶりにNHK杯の対局を見た。
選民の極みの一つであるプロ棋士が、厳しい制約条件のもと、交互にミスを繰り返しながら最後まで希望を捨てず最善努力に励むさまに人生の抽象を見、強烈に感動した。
そして、以降、時間の許す範囲で熱心に(笑)プロ棋士の対局と彼らの生き様を解析、愛好するようになった。

年をとってから将棋を愛好する人、愛好を募らせる人は、決して少なくない。
本エッセイを書かれた団鬼六さんも、自他共に認めるその一人だ。
団さんは、年をとってから将棋にのめり込み、肉体的かつ経済的に余裕がみなぎっていた時分は、六段位の強豪アマチュア棋士として腕を鳴らしただけでなく、プロ棋士に加え、プロ棋士志望者(奨励会員)、アマチュア棋士、はたまた、アマチュア棋士を支援していた雑誌出版社まで非常に広く、深く交流、支援なさった。

私は、団さんが将棋を愛好するようになった端緒、終生愛好し続けた理由を理解していない。
しかし、本エッセイを読み、団さんがプロ棋士を終生愛好し続けた理由を理解し、深く共感した。
そうなのだ。
ヘボかつ凡人の私がプロ棋士の将棋を愛好するのは、先述の通り、非凡の彼らが困難状況下、自分が繰り返しおかす過誤、並びに、勝利に絶望しない生き様、てん末に感動を覚えるからだが、それは私が俗世間で年を重ねるなか不本意に失ってしまった、高純度かつ不器用さを免れない幼児性、ひたむきさ、愚直さを彼らが依然保有し、 私に見せつけてくれる、そして、私に心地良い懐古、叱咤、嫉妬を与えてくれるからなのだ。



将棋世界 2010年 12月号 [雑誌]
毎日コミュニケーションズ
2010-11-02





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2011年11月19日

【毎日】「四十八人目の忠臣:毎日新聞連載小説刊行 諸田玲子さん・森村誠一さん、対談」森村誠一さん

【諸田玲子さん】
女の立場から忠臣蔵を描いたらどうなるか、随分と考えました。討ち入りですべてが解決するというのは、男性の考え方のような気がします。でも、池波正太郎さんの名作『おれの足音』を読むと討ち入りの前で終わっているんですね。私はそれとは逆に、討ち入り後を描きたかった。残された女性たちは何を思い、どう行動したのか。遺児たちの運命はどうなったのか。それを書かないと大団円にならないと思ったのです。

【森村誠一さん】
討ち入り後に比重が置かれています。女性の場合、アフターケアがいいんですね。男はそれが苦手なんです。

成る程確かに、女性は「アフターケアがいい」し、男性は「アフターケアが苦手」だ。
とりわけ男性は、何らか目標を達成したら、関心と動機を一気に失う。

これは、討ち入りの様な復讐事に限らない普遍の真理だが、各々のセックスの所作に起因する不変の習性ではないか。
もしそうなら、公私問わず比較優位(※)の考えに則り、女性はアフターケア的作業に、男性は目標達成的作業に従事、注力するのが、社会全体最適的には良いのかもしれない。

(※)「比較優位」の参考情報
内田樹氏の知らない比較優位(池田信夫ブログ)
アゴラに寄稿しました:今さら人に聞けない自由貿易と比較優位(金融日記)


【森村誠一さん】
忠臣蔵は時代によって好まれたり、人気が薄くなったりするんですね。女性のスカートの長さと同じで、変化が激しい。忠臣蔵が注目される時代は、うつ病の多い時代なんです。忠臣蔵とは、忠誠心というか、自分を何かにささげたいという意思の表れですね。国家でも、地域でも、会社でも、家族でも、かまわない。自分を何かにささげたいと思う心が忠臣蔵にひかれるのだと思います。

確かに、私たちは、とりわけ現世のような競争激烈状況下、閉塞状況下では、達成確率の低下を理由に自己実現を諦め、他人実現を選好するのかもしれない。
そして、主君大石内蔵助の自己実現に心身共々貢献する家臣四十八士と自分を掛け合わせ、自己存在感や自己有能感、はたまた、束の間の安堵を覚えるのかもしれない。

私は、本事項を否定はしない。
しかし、共感はしないし、阿る(おもねる)気も、与する(くみする)気も無い。
なぜなら、本事項の本質は他者依存だからだ。
大石内蔵助のような逸材に出遭えなければ達成できない実現欲求の選好は、私には不健全かつ不毛だ。



★2011年11月17日付毎日新聞夕刊4面と↓のwebに掲載
http://mainichi.jp/enta/art/news/20111117dde018040014000c.html

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2011年11月18日

【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第20局の6▲屋敷伸之九段△丸山忠久九段〕逆転したが・・・」関浩さん

この日は夜戦を迎えても、恒例となった丸山の収熱用品は出なかった。

「涼しくなったせいではないか」との声も聞かれたが、丸山の収熱用品が有名になったのは、前期のA級最終日のことである。
そもそも脳のほてりに季節は無関係だろう。

見た目の滑稽さに耐えて、勝負への執着に徹する姿勢とは一つの誠実さの表れとは言えまいか。
ひとたびそう思ってしまうと収熱剤を額に当てない丸山に物足りなさを感じてしまうから、おかしなものである。

図の(後手丸山忠久九段の)△1七銀で後手よしと見たのは、盤側の速断だった。

(中略)

4手後の△7五金にも妙防があった。
この手は6五の銀取りと△9五角が狙いだがじっと(先手屋敷伸之九段の)▲6九玉の好手があった。

(中略)

本譜は狙いの△9五角が実現し、今度こそ丸山の攻めがつながったはずだったが1分将棋の丸山が誤る。

不遜かつヘボの床屋談義だが(笑)、丸山忠久九段が本局を落としたとすれば、それは冷えピタ、もとい(笑)、収熱用品の使用を端折ったからではないか。

収熱用品を額に当てる恒例を端折った丸山さんに物足りなさを感じたのは、観戦記者の関浩さんより、対戦者の屋敷伸之九段の方が遥かに上回っていたのではないか。
▲6九玉の好手は、その物足りなさに対する屋敷さんの発奮だったのではないか。

また、丸山さんが本局で収熱用品の使用を端折ったのは、勝負への誠実さに加え、自己を最強のマシン化する努力をどこか端折ったてん末だったのではないか。
終局間際の1分将棋という極限状態での失着は、そのてん末の当然の帰結だったのではないか。



★2011年11月18日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/

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2011年11月11日

【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第19局の6▲久保利明王将△渡辺明竜王〕渡辺、会心の勝利」加藤昌彦さん

渡辺(明竜王)の圧勝であった。

(中略)

一方、敗れた久保(利明王将)は痛い4連敗になってしまった。
次の相手は屋敷伸之九段となっている。

順位が最下位の屋敷だが、白星は久保を上回っているので、残留争いを目指す久保は直接対決で勝って少しでも近づきたい気持ちだろう。

(中略)

久保は大きな一番に敗れたとき「鈍感力ですよ」という。

過去のことはクヨクヨせずに忘れて、新しい気持ちで戦う意味だ。

今こそ鈍感力を思い出して、全力で巻き返してほしい。

成る程だ。
過去の失敗をクヨクヨせずスッキリ忘れるには、羽生善治さんのように、原因を正確に究明、理解し、失敗をしかと総括、得心するのが最善だと思っていたが、加えて、久保利明さんの如く失敗の経験に鈍感になるのが、より最善に違いない。

では、どうすれば、私たちは、失敗の経験に鈍感になれるのか。
失敗の経験に過度かつ持続的に敏感になるのを防げるのか。

一つは、「好機を稀少と考えないこと」ではないか。
私たちが失敗の経験に過度かつ持続的に敏感になりがちなのは、好機を、詰る所は、好機の成就により得られたであろう利益を、逸失した感があるからではないか。
そして、それは、そもそも好機を、「稀少で、なかなか得られないモノ」と無意識の内に考えているからではないか。

「ツイている」とか「好調」の時は、必ずしも好機の絶対量が多いわけではない。
「ツイていない」とか「不調」の時にはスルーしてしまう、悲観してしまうことも、好機と認識、楽観できるだけだ。
鈍感力は、「ピンチはチャンス」と認識、楽観できる思考習性を体得した賜物に違いない。



★2011年11月11日付毎日新聞朝刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



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2011年11月10日

【読売】「ワーク&ライフ/働く母の姿 覚えていてね」吉岡真由美さん

yoshioka
学習塾で週2回、小学校2、4、6年生に個別指導している。
科目は国語と理科と算数。
塾のご厚意で、小学3年の娘も一緒に連れて行っている。

教室に入ると娘は私の近くにちょこんと座り、ドリルをしたり、本を読んだり。
授業の邪魔はしないし、発言することもないが、先日、ちょっとうれしい出来事があった。

私が小学4年の児童に分数の足し算を教えた後、帰り道に娘が、「私にも(分数を)教えて」と言ってきたのだ。
まだ分数を習っていない娘は、母親が教えている姿を見て興味がわいたらしい。

この仕事を始めたのは今年2月。
初めて娘を教室に連れて行った後、母親を他の子供にとられたような気がしたのか、娘は帰り道にしくしく泣いてしまった。
でも、いまでは一緒に教室に行くのを楽しみに思ってくれているようだ。

教えるのは結構大変。
名答が出たら思いっきり褒め、時には叱ることも。
子供のやる気を引き出すことが私の役割だと思っている。

考えてみると、働く母親の姿を我が子に見せられる職場は少ない。
いつか娘が大きくなったとき、一緒に塾に通った日々を思い出してくれたらいいな。

「教師が生徒を褒めること、叱ることは、大変な難事である」。
大学四年の時、母校の中高で教育実習をして授かった知見の一つだ。
生徒は、各々価値観や生い立ちが異なる上、大人の様に打算的でない。
形式的に褒めたり、叱ったりしても、忽ち見破られ、愛想を尽かされかねない。
大事なのは、各々の生徒の人格を尊びながら、思い切り、即ち、懸命にやることだ。
教師に懸命に褒め、叱られた生徒は、救われる。
そして、気が、人生が楽になる。
教師の務めの最たるは、生徒に懸命に対峙し、楽にすることに違いない。

「子どもは、親の懸命な生き様をまねぶ」。
今日の自分の礎を創ってくれた母の七周忌を迎え、つくづく再認識することの一つだ。
親の懸命な生き様を目に焼き付けた子どもは、自助と最善努力の可能性を思い知る。
そして、気が、人生が楽になる。
親の務めの最たるは、子どもに懸命な生き様を披露し、楽にすることに違いない。

「働くこと」は、よく「はた(傍)を楽にすること」と言われる。
私は、本エッセイを読み、これが偽りや誤りではないことを再認識した。
吉岡真由美さんは、懸命に働き、傍の小学校2、4、6年生の生徒を、そして、傍の令嬢を、楽にしておられるに違いない。



★2011年11月8日読売新聞朝刊33面「ワーク&ライフ」に掲載
http://www.yomiuri.co.jp/
https://plus.google.com/u/0/110855229559442241190/posts/Wbnsp1uqVmf
https://twitter.com/kimiohori/status/134402689646866434



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2011年11月09日

【日本テレビ】「心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU」設楽洋さん(株式会社ビームス代表取締役)

【加藤浩次さん】
設楽さんにとって、おしゃれとは何ですか?

【設楽洋さん】
おしゃれっていうのは、僕ね、いつも新入社員が入ってきた時に訊くんですね。
みんな、「僕は(おしゃれとは)清潔感だと思います」とか、「僕はバランスだと思います」とか、「私は自己表現だと思います」と。
で、最後に自分は言うんですけども、みんな、それは正しいと思う、と。
ただ僕の考えるおしゃれっていうのは、相手の気持ちがわかることだ、と。

【加藤浩次さん】
オレ、ちょっと合点がいった。

【共演者】
え、まだわからないんですけど。
「相手の気持ちがわかる」ってどういうことですか?

【加藤浩次さん】
それが一番おしゃれでしょうよ。
相手が何をやろうかと思うことを、ちゃんと気持ちとしてわかってあげる。
そこに鈍感な奴がどんなに着飾ったところで、カッコ良くも何とも無いってことですよ。
そういうことですよね?

【設楽洋さん】
素晴らしいご説明をありがとうございます。
そうかー、最近の若い子には通じないのか、もう少し説明しないと。(笑)

【加藤浩次さん】
やっぱり、そうなってきますよね。

【設楽洋さん】
そうだと思います。
一時ね、業界を始めた時に、学生時代の友達に十年ぶりぐらいに会った時に、「ああ、こいつダッセエな」って思ったんですよ。

【加藤浩次さん】
何でですか?

【設楽洋さん】
(学生)当時はおしゃれだったのに、(その時は)何か疲れたオッチャンになってきて、「ダッセエな」って思っちゃって、後で見た目だけで「ダッセエな」と思った自分を後悔したすごい後悔した思いがあるんですね。
一緒に(酒を)呑んで、ソイツの話をして、ソイツの人生観だとかやっていることだとか夢だとか聞いた時に、格好じゃない男のカッコ良さを感じたんですよ。
つまり、オレは洋服業界に入って、外見だけで「ダッセエな」って思って、昔の友だちの本質を見てなかったなっていうことで気がついがことがあった時に、それではいけないっていう、それがさっきの言葉にね。

【加藤浩次さん】
だから、そういう人が着てるモンって、カッコよく見えてくるんでしょうね。

【設楽洋さん】
見えてきます、見えてきます。

【加藤浩次さん】
やっぱり、内面から来るんでしょうね。

【設楽洋さん】
ホント、そう思います。

私は、幼い頃から不精で、ファッションには興味が無かったが会社員時代、外出着をBEAMS(ビームス)で揃えていた。
それには、主に二つ理由があった。

一つは、お客さまと直接会って相応の決断を求める仕事に、社会人になってすぐ従事し始めたからだ。

私は新卒で自動車メーカーに入社後すぐさま、系列販売会社へセールス研修生として出向し、それを全うするとすぐさま系列自動車販売会社のロードマンとして担当販社の経営指導、営業推進に従事した。
私は、一般のお客さまが自動車販売店の営業マンの話を真摯に聞かないのは、また、系列自動車販売会社の経営者がメーカーのロードマンの話を真摯に聞かないのは、共に、話をする人間から独自の自信と情熱が感じられないからであり、身なりの頓着の無さが悪影響している、と考えた。

そして、私は、BEAMSのアイテムで全身を固めた。
私は、成約客から「自動車ディーラーの人には見えないですね!」とお世辞を頂戴するのが大変嬉しく、また、自分の親ほどの年齢の系列販売会社の経営者が若造の私の話を真摯に傾聴し、熱く議論してくれるのが大変有り難かった。

もう一つは、当時は無藤和彦さんという素晴らしい社員さんにお見立ていただけたからだ。

私は、冒頭で述べた通りファッションに興味が無く、知見を全く欠いていた
私は、それを自ら会得していくより、今述べた私の考え、希望を正確に理解し、その実現を合理的かつ親身に助けてくれるプロフェッショナルに出遭い、見立ててもらう方が、自分の資質とリソース(テマ/ヒマ/カネ)を勘案するに賢明だ、と考えた。

そして私は、幸運なことに無藤さんと出遭えた。
無藤さんは私に、いつも過去に購入したアイテムと従事中の仕事と立場、そして、私の考えと希望を十二分に勘案してアイテムを提案くださり、私は大変助かった。
無藤さんがとあるカジュアルアイテムの勧めに他の洋服店へ同行くださったことや、地方転勤時、購入アイテムのリペアをいつも電話と宅急便で事も無げに迅速対応くださったことは、生涯忘れない。



なので、BEAMSの設楽洋社長の「相手の気持ちがわかること」というおしゃれに対するお考え(概念)は、加藤浩次さん共々私もすぐに合点がいった。
「おしゃれとは、外見の出来栄えやその方法論ではなく、外見の内の相手を思い遣り、相手の信念や生き様を肯定評価、リスペクトする心情態度である」。
全くその通りだと思う。

私のような非おしゃれ人(笑)がおしゃれを誤解していなかったのは、私に縁を授けてくださったお客さまと無藤さんのお陰に違いない。
この場を借りて、両者に改めてお礼を申し上げたい。(敬礼)



★2011年9月17日放映分
http://www.ntv.co.jp/rockyou/kokoro/2011/09/17/
http://www.ntv.co.jp/rockyou/mc/2011/09/17/
https://twitter.com/kimiohori/status/134042322718560256
https://twitter.com/TARAcyan3/status/134170083009380352

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kimio_memo at 07:43|PermalinkComments(0) テレビ 

2011年11月08日

【邦画】「恋愛寫眞」(2003)

〔ひと言感想〕
恋愛は「同情」、即ち、心を寄せ合うこと、心情を分かり合うことから生まれ易いが、心情を長く、不断に許し合うことは容易でない。
だから、恋愛の持続には一工夫、一波瀾が有効かつ不可欠なのかもですね。(笑)


恋愛寫眞 [DVD]
出演:広末涼子、松田龍平
監督:堤幸彦 
松竹ホームビデオ
2007-01-27




kimio_memo at 07:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画 

2011年11月07日

【講演】「将棋と人生」加藤一二三さん

kato
20才の時、名人戦の挑戦者になった。
当時の名人は大山康晴さんで、16才先輩の大変な巨匠だった。
第一局は勝ったが、以降は全て負け、名人にはなれなかった。
名人位を防衛した大山さんは、マスコミの取材で、「(今回挑戦してきた加藤さんには)いつの日か負かされる日が来る」と答えた。
このコメントは、「加藤には当分の間は負けないぞ」と言っているに等しいが、10年後、私は大山名人から十段位を奪取し、大山名人の考えは当たった。

自分を負かした勝者の言動を、しかと受けとめること。
そして、正確に読み解き、成長のエンジンに充てること。
敗者が勝者になるには、これらの励行が有効かつ不可欠に違いない。


成果は、偶然転がり落ちてくるものではない。
日頃きちんとした生活を営み、「精神の高揚」を得る(蓄える)。
そして、然るべきプロセスをきちんと踏み、授かるものだ。

加藤一二三さんは、「精神の高揚」という言葉をこのほかにも何度か使われ、人生を熱く(「熱っぽく」)生きることの意義を説かれた。
成果とは、人生で対峙する順序だったプロセスを端折らず、熱く全うする中でのみ授かる、望外の褒美かもしれない。


先日果たした1300勝の内、少なくとも1000勝は名局だ。
ただ、(私が愛好する)モーツアルトの曲は全て名曲で、その良さは大人から子供までわかるが、残念なことに、それらがなぜ名局かは、私か羽生(善治)さんが解説しないと、一般の人にはわからない。

加藤さんが、約60年もの長い現役生活において、1300回も確たる成功をおさめられたのは、感心と脱帽以外無い。
しかし、加藤さんが、それらの凡そ80%を、モーツアルトの作品に負けるとも劣らない、後世に遺すべき名曲もとい名局、名作品であると認識なさっているのは、もはや感心と脱帽を超えてしまう。
以上の箇所に限らず、加藤さんの言は悉く熱く、自己愛と矜持に溢れていた。
「自己愛と矜持を断固肯定すること」。
これが、非凡の非凡である所以かもしれない。


他者(ひと)の話を聞くだけで実行しない人は駄目だ。

加藤さんがここで仰った「ひと」はイエス・キリストのことだが、「人生、自分以外はみな師」であるからして、「他者」としても誤りではないだろう。
やはり、他者の話は、「聞くもの」ではなく、「聞き入れるもの」、「実行するもの」、「会得するもの」である。



★2011年11月5日学習院大学西5号館(主催:学習院大学輔仁会弁論部)にて催行
https://plus.google.com/u/0/104086542955423361492/posts/HhLBPmxbgic
https://twitter.com/kimiohori/status/133314768739115009
※上記内容は全て意訳。

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kimio_memo at 07:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 講演/セミナー 

2011年11月03日

【BSTBS】「グリーンの教え」佐々木忠さん(JUN代表取締役会長)

大体、ジャストフィットした時のセカンド(ショット)はミスするのが多いですね、僕は。
商売も同じですけど山は上がったら、必ず下りるじゃないですか。
と同じように、いいのは続かない、必ず山は下りるんだ、と。

ファッションっていうのは、ヘンなモノでもそのブランドでもよく見えますね。
(本業の)ファッションでは一番にならないほうがいいかなと僕は思っています。
ブームで一番になった人は自惚れますよね。
私も自惚れますが、それを作った社員も自惚れますよね。
流行っていうのは、必ず動きますから。
(つい狙ってしまう)下りのバーディパットは危ないですね。
自分の距離以上に(ボールが)飛んだ時は、余計危ない、と。

「山は上がったら、必ず下りる」。
佐々木忠さんが仰ったこの言葉は、周知の普遍の真理だ。
しかし、私たちの多くは、いざまた「山が上がる」と、忘れてしまう。
そして、「未来永劫上がり続ける」と楽観、錯覚、夢想し、大ゴケしてしまう。
なぜか。

たしかに、佐々木さんが仰った「自惚れ」は、一因に違いない。
私たちは自惚れる余り、つい自らの能力を過信してしまう。
そして、眼前の過ぎた成果を当然の成果と誤解し、更なる持続的な成果を期待してしまう。

なぜ、私たちは自惚れるのか。
有能感の自覚を不断かつ深層心理で欲求しているからだ。
「自分は有能、有用であり、存在意義が認められて然るべきである」。
私たち凡人は、凡人であるが故に、ついこう思いたがってしまう。
では、そんな私たち凡人が「山は上がったら、必ず下りる」のを会得するには、どうしたらいいのか。

たしかに、佐々木さんが仰った「一番にならないこと」は、一案に違いない。
一番になることを積極的に回避することで、自覚する有能感は、ひいては、自惚れは限られる。

私の案は、「成果の根拠を見極めること」だ。
つまり、眼前の成果が能力相応か否かを冷静に、客観的に、合理的に評価する、ということだ。
私たち凡人も、これに励めば、自分の能力が依然知れているのを思い知るに違いない。
そして、それが叶えば、「山は未来永劫上がり続ける」と楽観、錯覚、夢想する過ぎた有能感の自覚を、ひいては、自惚れを抑止できるに違いない。

私は、羽生善治さんが、保有タイトル数を山谷(やまたに)させながらも、約20年もの長きに渡り最強棋士と称されているのは、羽生さんが対局終了後の感想戦を殊に念入りに実行なさることがとりわけ好作用しているように思えてならない。
羽生さんの弁から伺えるその一番の趣旨は、本局をスッキリ忘れることだが、併せて、過ぎた有能感の自覚を、自惚れを抑止することもあるのではないか。
ただ、羽生さんは凡人ではないが。(笑)



★2011年10月15日放送分
http://w3.bs-tbs.co.jp/green/bn79.html



kimio_memo at 07:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) テレビ 

2011年11月01日

【漫画】「赤塚不二夫120%」赤塚不二夫さん

P17
じゃあ、ギャグってなんだろう。

ひとくちでギャグって言うけど、世の中にはいろいろなギャグがある。
テレビを見ていると、タレントが「そのギャグどこで覚えたの?」とか言っているけど、ギャグでもなんでもないことがほとんど。
ただの言葉の遊びやダジャレで・・・。

僕はギャグっていうのは、もっと違うものだと思っている。
きちんと形があって、細部まで考えられていて、ちゃんと効果が計算されているもの。
たとえば、チャップリンの無声映画は、なぜ面白いのか。
だって、台詞なんかないんだから。
それでときどき、スーパーで台詞がパッと入る。
「君は僕を好きかい?」とか、なんでもないような言葉が。
それでも面白い。

(中略)

そういえば、こんな映画もあった。
花嫁姿をした花嫁さんが100人で、キートンを追っかけてくるんだよ。
それで逃げるんだ。
理由がないんだよよ。
なぜか、なんだ。
彼の映画はみんな。
でもお客は納得してしまう。
キートンの映画は、そういう意味では乱暴だけど、でもあそこまで考えたナンセンス度はすごいと思う。
それに比べるとチャップリンの映画は、もう少し知性が勝っている。

笑いというのは、基本的には言葉とアクションのふたつなんだね。
それで瞬間的な笑いというのはどこでも作れるけど、そういうのは本当のギャグではない。
でも大部分のいまの日本人は、ダジャレに毛の生えた程度のものをギャグだって勘違いしてるんだね。
だから考えながら笑えるというギャグにまで到達しない。
面白いこと言うな、ハハハ、で終わっちゃう。
それで過ごしているから、笑いのレベルが低くなっちゃうんだ。

私たちは、昨今、何事にも「わかり易さ」を強く欲求している。
たしかに、私たちが有するリソースは限られており、かつ、人はそもそも直感で生きる生き物ゆえ「わかり易さ」は重要だ。
しかし、「わかり易い」ということは、視点を変えて言うと、「深く考えなくても理解できる」ということだ。
「深く考えなくても理解できる」モノは、ギャグであれ、笑いであれ、何であれ、価値のレベルは知れている。
「価値が知れている」と烙印を押されたモノ、ギャグ、笑いは、早晩、「そのモノは、こんなものだよな」、「ギャグって、こんなものだよな」、「笑いって、こんなものだよな」となり、成長を止め、堕落する。
成長を止め、堕落するのは、「深く考えなくなった」私たちも同様だ。
ただ、身勝手なことに、私たちは、堕落した自分を棚に置き、堕落したそれらを、また、それらのカテゴリーを、情け容赦無く関心対象から除外する。
今やお笑いのテレビ番組を見るのが、暇かつ成長意欲を失った専業主婦と老人に限られるのは、そういうことだ。
私たちは、「わかり易さ」を過度に欲求してはならない。


P129
人間って、作家にしても、一人の才能なんてたかが知れてるもの。
それを掘り起こしてくれるのが、優秀な編集者なんだと思う。
だから大作家になった人だって、もともとすごい人だったわけじゃないんだよ。
いい編集者がついて、「先生、今度こういうふうに書いたらどうですか?」って、方向を示してくれたから、伸びていったんだ。

編集者は、サラリーマンとはちょっと違う。
サラリーマンではいけないのだ。
でもいまの編集者は、サラリーマンがほとんど。
昔みたいに朝までマンガ家と酒飲んでつきあえるヤツっていないよ。
時間が来たら、帰っちゃう。
原稿もらったら、はい、サヨウナラ。
作家のほうも、あまり編集者と喋りたがらないしね。
いまの若い連中の特徴だけど、会話が少ないんだ。

僕はいままで、かなりの量のマンガを描いてきた。
でもこんなこと言っちゃ悪いけど、あんまり質のよくない編集者と一緒に仕事をした時は全部失敗している。
僕は、たった6本しかヒットを出していないのだ。
それ以外に200本くらい描いているだから、僕の作品は、ホームランか三振かどちらかだね。
もちろん自分のせいでもあるよ。
僕の実力不足。
でも担当の編集者に惚れて、編集者も僕に惚れてくれて、お互いに人間同士の信頼感が生まれて、センスがピタッと合った時には、必ず大ヒット作が生まれている。

(中略)

最初から大作家の人間なんて、どこにもいないんだよ。
小さな作品に、才能の芽生えみたいなものが見えることがある。
何か、光がある。
そこに「おっ、こいつ、なんとかなるゾ」って目をつける編集者がいた場合、伸びるんだ。
でも誰もそこに気づかないで、通り過ぎられることもある。
そうすると、ただのマンガ描きや文学少年、文学少女で終わっちゃう。
編集者というのは、僕らにとってどれだけ大事な存在であるか。
ところがいまは、編集者はただの原稿取りに成り下がった。
そういうふうになっちゃった。
本当は編集者は作家以上じゃないとダメなんだ。

ただの石ころを宝石みたいに磨いてくれる編集者がいなくなっちゃった。
昔はいたんですよ。
それで編集者も作家に触発される。
お互いにキャッチボールみたいなものだから。

漫画家と編集者の関係は、経営者と経営コンサルタントのそれに通じる。
不遜だが、たしかに、私は、赤塚さんが是とする編集者のような経営コンサルタントを志向してきた。
経営者との信頼関係の構築には、とりわけ注力してきた。
彼らの話は、時間や場所の別無く、最後まで注聴してきた。
その上で、彼らへ不断に、「であれば、今度こういう風にやってみたらどうですか?」と方向を示し、触発してきた。

しかし、私は、赤塚さんのこの「べき論」の如く、彼らの掛け替えの無い才能の芽生えを本当に見出してきただろうか。
そして、彼らの唯一無二の能力と人格を伸ばしてきただろうか。
私は、彼らのダメを指摘、修正してきただけではないか。


P210
現代の日本の笑いは、子供の笑いなんだね。
大人の笑いと作っていこうという作法がない。
送り手も受け手も、笑いに関して、もっと育っていかなきゃいけない。
そうしたらもっと面白いユーモアとかエスプリとかが出てくるんじゃないかな。
あと洒落た台詞とか。
考えてみれば落語なんかにも、いい台詞はいっぱいあったんだ。
昔の人は、そういう会話が体のなかに染みていたから、いまの人より会話が粋だったんだね。

マンガの世界も、こう言っちゃなんだけど、いまひとつ面白くない気がするのだ。
でもそれはある意味で、仕方がないことかもしれない。

昭和30年から40年くらいの10年間、すっごい勢いで新人がワーッと出てきて、マンガ大ブームになった。
いろいろな雑誌も出たし、いろいろなマンガ家が出てきた。
だから何を言っても、何をやっても通用した。
僕らの頃は、そういう時代だったのだ。
またマンガの黎明期だったから、何をやっても、おまえが大将って、それでいけた。
そういう意味じゃ、いまの若者はかわいそうだと思う。だって、スキマがないもの。
あんなクチャクチャ細かくって、本棚みたいになって、隙間がない。
だから、なかなか面白いものが出てきにくい。
みんな、絵はメチャメチャうまいんだよ。
でも、ストーリーに独創性やバラエティがあまりない。

ひとつは、送り手と受け手がくっついているんですね。
昔はすごい送り手がいて、「ああ、あれが面白い」というのがあったけど、いまはくっついているから、受け手が送り手になっても不思議じゃないし、送り手も受け手とレベルが同じ。
しかし作品っていうのは、本来そういうものじゃないと思う。
たとえば「伊豆の踊り子」なんて小説があって、一般庶民が読んでいいなぁと思うけど、作品と自分の間に距離がある。
そういう距離が、いまのマンガの世界にはない気がする。
文章の世界も、そうかもしれないけど。

最近の若い子たちは学校と家を行ったり来たりの子がほとんどで、メチャクチャ冒険してきる子が少ない。
だから、マンガを描くにしても、ストーリーの幅が狭い。
考えつかないんだね。
生活自体がノーマルだから。

大変教示に富む一節だが、一つ言えるのは、「芸術は女子供に媚びるべからず」ということではないか。

そもそも、芸術は、人が生き物として日常的に生きるだけなら要らない。
芸術が要るのは、人が人として高邁に、高潔に、即ち、非日常的に生きようとする時だ。
だから、芸術は、所謂「女子供」、即ち、「不勉強で自堕落な大衆」に媚びるべきものではない。
不勉強で自堕落な大衆にも支持されようと、「わかり易さ」と「日常性」を偏重し、大衆化してはいけない。
芸術、ならびに、芸術が持つ非日常的価値は、大衆的であるのはいいが、大衆化してはいけない。



赤塚不二夫120% (小学館文庫)
赤塚 不二夫
小学館
2011-04-06


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kimio_memo at 07:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書籍