【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第22局の5(指し直し)▲郷田真隆九段△谷川浩司九段〕激闘決着、郷田3勝目」上地隆蔵さん【観戦記】「第70期名人戦A級順位戦〔第23局の2▲佐藤康光九段△羽生善治王位〕新しい試み」関浩さん

2011年12月01日

【観戦記】「第70期名人戦C級1組順位戦〔第5譜▲糸谷哲郎五段△内藤国雄九段〕早指しで完勝」上地隆蔵さん

▲2四歩が痛打。
△同馬は▲3ニ馬で先手必勝。
実戦も似た順になり、糸谷(哲郎五段)は勝利を決定づけた。
歩の成り捨てから▲5八飛がソツのない活用で素早く寄せた。

(中略)

糸谷はわずか(持ち時間6時間の内)わずか1時間48分の消費で完勝。
しかも彼は対局中、席を外すことが多く、実質の考慮時間はもっと少ないに違いない。
「早指しの糸谷」の本領発揮だった

後半戦の暴れっぷりに期待したい

私は、基本羽生ヲタで渡辺明竜王藤井猛九段も敬愛しているが、別枠で(?・笑)糸谷哲郎五段に注目している。
糸谷さんに注目し始めたのは、2009年度のNHK杯での暴れっぷり(笑)を目の当たりにしてからのことだ。
対戦者が着手するや否や、「読んでました!」と言わんばかりに、殆どノータイムで着手。
そして、本局のように、持ち時間を大量に余らして並み居る格上棋士を正になぎ倒し、準優勝を飾られた。
準決勝戦で永世竜王の渡辺明竜王を撃破した時は、放送時間が余り過ぎ、別途臨時番組が放映された。
糸谷さんの「早指し」を身上とする特異な指しっぷりは、下手の横好きの私からするとあたかも大リーグボールで(笑)、痛快この上ない。

ちなみに、私が糸谷さんの指しっぷりを痛快に感じ、惹かれるのは、それが、「早見え」の才と決断力の賜物だからだ。
オヤジの私は(笑)、若くて高次の「早見え」の才と決断力に、憧憬と触発、そして、不遜だが少しばかり懐古を覚える。

よって、私も、本記事を執筆下さった上地隆蔵さん共々、「早指しの糸谷」の益々の本領発揮と暴れっぷりを期待したいところだが、断腸の思い(笑)で、期待を後者に限りたい。
なぜなら、糸谷さんは、過日の個別質問の回答の折、以下の旨付言くださったからだ。

私の場合、最善手の95%は直感の着想だ。
ただ、これは、最善手の5%は直感で着想できていない、直感から漏れている、ということでもある。
今以上に勝つには、持ち時間を有効活用し、直感以外で残り5%の最善手をも着想できるようにならなければ、と思っている。

誤解を怖れずに言えば、糸谷さんの「早指し」の本質は、自己肯定だ。
高次の「早見え」の才と決断力に基づく自分の直感を信奉し、それに盲従したてん末が「早指し」だ。

たしかに、糸谷さんに限らず、人が生きていく上で、自己肯定は欠かせない。
しかし、プロ棋士にとって対局は、「自己肯定」の場ではなく、「勝つ」場だ。
眼前の一局に勝つことが、自身の地位とキャリアを高め、新たな自己を創造する。

もちろん、自己肯定の完遂、即ち、直感の盲従で、眼前の一局が勝てれば最高だ。
しかし、それが危ういなら、意識的に自己否定を断行する、即ち、積極的に直感を疑い、直感外で最善手を探求するべきだ。
もとより、将棋に限らず、次段階への成長と成功は、自己肯定ではなく、自己否定の果てに果たせるものだ。

たしかに、結果、糸谷さんは、「早指し」という大リーグボール、並びに、「早指しの糸谷」という称号を失うかもしれない。
また。私を除く一部のファンをも失うかもしれない。
しかし、それでもやはり、糸谷さんは、眼前の一局に勝つべきだ。
そして、生来のポテンシャルをより多く開花させ、次段階、異次元の自己肯定を果たすべきだ。



★2011年11月26日付毎日新聞夕刊将棋欄
http://mainichi.jp/enta/shougi/



kimio_memo at 07:29│Comments(0)TrackBack(0)新聞将棋欄 

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