2016年09月30日

【邦画】「ねこタクシー」(2010)

[ひと言感想]
良妻を娶る実力と運は、仕事にも、人生にも、そして、猫にも(笑)通じるに違いない。
間瀬垣が、御子神という良猫との相思相愛に、ねこタクシーの開業に、そして、人生の再生に成功したのは、真亜子という良妻を娶れた必然に違いない。
「妻をめとらば才たけて、みめ美わしく情ある」。
男子足る者、そんな良妻に恵まれた人生は丸儲けに違いない。(笑)


映画版 ねこタクシー DVD
出演:カンニング竹山、鶴田真由、山下リオ、内藤剛志、室井滋
監督:亀井亨 
竹書房
2010-11-05




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2016年09月29日

【第57期王位戦第七局】羽生王位、木村挑戦者から精魂を奪い勝利、6連覇

[ひと言感想]
ファンサービスに長けた木村一基挑戦者が、局後、シリーズ全体の感想を訊かれ、言葉を失った
先に仕掛けたものの展開が思わしくなく独自の勝負手成立せず、正に精根尽き果てたのだろう。
木村挑戦者から言葉を奪った羽生善治王位は、これで三冠に王手をかけた訳だが、その一因は、かくして挑戦者の精魂を奪い、根絶やしにしているからだろう。
持続的な強者は精魂泥棒かもしれない。


★2016年9月26、27日催行
http://live.shogi.or.jp/oui/
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/57_07/
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/57/oui201609260101.html
http://dd.hokkaido-np.co.jp/entertainment/igo-shogi/igo-shogi/1-0320681-s.html (魚拓

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2016年09月26日

【第64期王座戦第二局】羽生王座、糸谷挑戦者の攻めを誘発、根絶やしにし、防衛に王手

[ひと言感想]
羽生善治王座は守り駒を連結せず攻め入り、糸谷哲郎挑戦者の執拗な反撃に遭った。
が、守り駒をみるみる連結させ、攻めを切らし、「形作り」も許さず完封してしまった。
これを「名人芸」と称するのは容易だが、何とも考えさせられるてん末だ。
名人と他者の違いの最たるは、「隙」ないし「好機」の判断かもしれない。


★2016年9月20日催行
http://live.shogi.or.jp/ouza/
http://kifulog.shogi.or.jp/ouza/64_02/
http://live.shogi.or.jp/ouza/kifu/64/ouza201609200101.html
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO07467920Q6A920C1CR8000/ (魚拓

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2016年09月21日

【第57期王位戦第六局】羽生王位、木村挑戦者の不屈の追い上げを振り切り勝利、最終局へ

[ひと言感想]
木村一基挑戦者は、中盤、投了級の劣勢に追い込まれるも諦めなかった。
追い上げ、チャンスを信じ、頑張り抜いた。
この様を、Twitter解説の畠山成幸七段は「見習わなければならない」、「この不屈の闘志は大切」と評したが、最も評したのは、それに直に触れた、相手の羽生善治王位だろう。
そして、羽生王位はまた強くなるのだろう。
強者が持続的に強者足り得るには、異なる強者の評すべき真髄に触れ続けるのが不可欠、かつ、最も有効なのだから。


★2016年9月12、13日催行
http://live.shogi.or.jp/oui/
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/57_06/
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/57/oui201609120101.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/igo-shogi/news/CK2016091402000197.html (魚拓

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2016年09月20日

【第64期王座戦第一局】糸谷挑戦者、「暴発」で先勝を羽生王座に譲る

[ひと言感想]
「自分でもなぜ銀を打ったのかわかりません」。
局後、糸谷哲郎挑戦者はこう答え、敗着の△6五銀(54手目)を「暴発」と表した。
幼い時分、モデルガンに興じていた(笑)私からすると、「暴発」とはただごとではないが、それだけ、前竜王の糸谷挑戦者からしても、ただごとではなかったのだろう。
しかし、本手は、ニコ生で永瀬拓矢六段が「糸谷流」と表したように、プロ的に際どく、「暴発」は敗者の、ただごとではない思考と決断の果てなのだろう。
実力者との頂上決戦、ないし、大舞台に臨むには、結果「暴発」と表するだけの、ただごとではない思考と決断の力が欠かせない。


★2016年9月6日催行
http://live.shogi.or.jp/ouza/
http://kifulog.shogi.or.jp/ouza/64_01/
http://live.shogi.or.jp/ouza/kifu/64/ouza201609060101.html
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFG06H66_W6A900C1CR8000/ (魚拓

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2016年09月06日

【邦画】「黒い雨」(1989)

[ひと言感想]
「(矢須子の)髪の毛が、みな抜けよる」。
姪のあられもないさまを垣間見たシゲ子が、こう言って失神し、挙句一ヵ月後に逝去した件は、愁傷と言うほか無い。
親愛なる他者の絶望は、また、それに対する無力さの自認、自責は、人間の酷の最たるかもしれない。


黒い雨 [DVD]
出演:北村和夫、田中好子、市原悦子
監督:今村昌平 
東北新社
2007-12-21




kimio_memo at 06:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)映画 

2016年09月05日

【第57期王位戦第五局】木村挑戦者、二転三転の形勢を「らしく」仕留め三勝目、王位奪取に王手

[ひと言感想]
本局は形勢が正に二転三転したが、その分「千駄ヶ谷の受け師」こと、木村一基挑戦者の「辛い」受けと間隙の「鋭い」攻めが際立った印象がある。
この分だと、木村挑戦者は羽生善治王位から王位を奪取するだろうし、奪取できなくとも、大きな悔いは無いだろう。
二転三転が当然の頂上決戦、大舞台を自分「らしく」戦い抜くのは、人間の甲斐と本望の最たるだ。


★2016年8月30、31日催行
http://live.shogi.or.jp/oui/
http://kifulog.shogi.or.jp/oui/57_05/
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/57/oui201608300101.html
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikuhou/article/269355 (魚拓



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2016年08月31日

【邦画】「日本のいちばん長い日」(2015)

[ひと言感想]
「責任をとる」とは、「収まりをつける」ことなのだろう。
収まりがついてない「空気」とは、とるべき人がとるべき責任をとっていない表れなのだろう。
収まりの「判断」が個人の知性なら、「始末」は個人の運命かもしれない。


日本のいちばん長い日 [DVD]
出演:役所広司、松坂桃李、山崎努、本木雅弘
監督:原田眞人 
松竹
2016-01-06




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2016年08月30日

【洋画】「ザ・ファン/The Fan」(1996)

[ひと言感想]
人が自分以外の他者、ないし、彼らの手がけるモノやコトに全身全霊で熱狂するのは、全身全霊で熱狂できるだけのモノやコトが自分に無い、もしくは、無くしたままにしているからだ。
結局、人は独りであり、他者は変わる。
人は、自分というファンを失ってはいけない。


ザ・ファン [DVD]
出演:ロバート・デ・ニーロ、ウェズリー・スナイプス
監督:トニー・スコット 
Happinet(SB)(D)
2015-10-02




kimio_memo at 07:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)映画 

2016年08月29日

【野球】「負け方の極意」野村克也さん(著)

P181
第五章 負けを活かすために何が必要か

限界を知り、知恵を振り絞れ


失敗を成功に変えられるか、負けや挫折を勝ちにつなげられるか、それを最後に分けるものーーそれはやはり、「頭脳」であると思う。言い換えれば、どれだけ考え、知恵を振り絞ることができるか、ということだ。

繰り返すが、私は天才ではない。器用でもない。プロ野球界のなかでは、むしろ鈍才の部類で、不器用だ。しかし、結果として私は、半世紀以上ものあいだユニフォームを着続けることができた。私ほど長いあいだグラウンドに立っていた人間は、そうはいないのではないか。

それがなぜ可能だったかといえば、答えはひとつ。
「頭を使ったから」

失敗し、壁にぶつかるたび、徹底的に考え、知恵を振り絞ることで、失敗や挫折や負けを糧にすることができたからこそ、いまの私がある。これは絶対に間違いない。本来ならば、二流で終わっていたかもしれない私が、まがりなりにも三冠王を獲得できるまでの選手となったのは、また、齢七十を超えても監督として迎えてくれる球団があったのは、それが最大の理由である。

では、私がどうして頭を使ったかといえば、限界に突き当たったからにほかならない。言葉を替えれば、おのれを知ったからだ。どうやっても二割五分しか打てないと悟ったからこそ、知恵を振り絞り、データやピッチャーのクセを研究して配球を読むことで、残りの五分の壁を乗り越えたように。

これは私の固定観念かもしれないがーーまずは自分の限界、技術的限界を知らなければ、人はほんとうに頭を使おうとはしないのではないか。
「これ以上は努力しても、どうにもならない」

そう思ったとき、すなわち、何回チャレンジしても超えられない壁にぶつかったとき、負けを受け入れるしかなくなってはじめて、人間は「頭を使おう」と考えるのではないか。というより、もはや頼るもの、使うべきものは頭しか残されていない。

そして、プロの戦いとは、そこからはじまるものだと私は考えている。プロと呼ばれる以上、その道の専門家であらねばならない。そのためには、人との差を認め、それを克服すべく頭を振り絞ることが求められる。そうしてはじめて、プロとして生き残っていくことができるーー私はそう信じている。だからこそ、私はたびたび口にする。
「技術力には限界がある。しかし、頭脳に限界はない」

失敗したり、挫折したり、敗北したときにどうするかで、その人間の価値は決まる。「もうダメだ」とあきらめてしまえば、それまでだ。

そうではなく、目指すべきビジョンと現状との差を明確にし、つまり課題をしっかり把握し、その差を埋め、克服するための方法論を徹底的に考え抜き、それにもとづいて日々の行動を規定していくーー負けを活かす方法は、言い換えれば負け方の極意は、まさしくそこにある。それこそが一流と二流と分けることになる。あきらめが役立つときはただ一度、新しく物事をやり直すときだけなのだ。

ただしーー断っておくが、限界を知るのは並大抵の努力では不可能だ。それこそ血を吐くような努力を要する。日々精一杯努力を続けていった果てに見えてくるものなのである。

「限界」と「未熟」は違う未熟者とは、仕事に対する熱意や研究心、向上心に欠ける者のことをいう。未熟者のいう限界とは、「たんにつまづきをこじらせただけ」の状態なのだ。


ところがたいていの人間は、ほんとうの限界を知る前に、つまりつまづきをこじらせただけであきらめてしまう。努力をやめてしまう。そして、未熟者ほど失敗や敗戦の原因を「スランプ」という言葉で片づけ、さらには問題を素質の多寡にすり替えてしまう。いわく「自分には才能がない。これ以上は無理なのだ」と・・・。当然、そこで思考も停止する。それ以上知恵を振り絞ることもない。それでは負けを勝ちにつなげることなどできるわけがないと心得ておいたほうがいい。

『限界』と『未熟』は違う」とは成る程だ。
たしかに、我々凡人が直感する「限界」、それも技術的、能力的な「限界」の多くは、「未熟」な現時点における「限界」であり、完熟した本来の「限界」ではまずない。

私がこのことを初めて学んだのは、母親に嫌々ピアノを習わされた(笑)幼少時分かもしれない。
当時、ピアノの練習は嫌で仕方なかった(←友だちと遊ぶ時間が激減するし、当時はオトコがピアノを弾いていると「オンナみたい!」とオトコ友だちから馬鹿にされた)が、教則本が「赤のバイエル」から「黄色のバイエル」、「ソナチネアルバム」へと変わり、自分の演奏の限界が目に見える形で破られ、高まっていくさまは子ども心ながら誇らしく、このことを学ぶに十分だった。



こうして考えてみると、ピアノは習わずとも、大人であれば幼少、青年時分、勉強等(笑)何らか習っており、物事に習熟する過程とその果実を、ひいてはこのことを、大なり小なり学んでいるはずである。
にもかかわらず、野村克也さんの仰る通り、我々大人の多くは、自分の「未熟」から逃げ、素質の多寡を口実に、眼前の「限界」を破ることを諦めている
なぜか。

主因の一つは、「豊かな現代は、『他にやる(やれる)コト」、即ち『オプション』で溢れかえっており、『コスパ』、ないしリソースの『投資対効果性』のより良さが、確率論的のみならず慣習的に期待、選好されるから」ではないか。
これは、ダイエット商品や離婚が増加の一途なことからうかがった。
もう一つは、「豊かな現代は、『未熟』を自認し、眼前の『限界』を破ってまで達成したい(せねばならない)コトが欲求段階説的に高次だから」ではないか。
これは、野村さんが赤貧の学生時分に芸能人をも目指したことと、入団初年度契約更改時分に解雇通告に自殺宣言で抗ったことからうかがった。
近年、アナ雪のテーマ曲がヒットしたのは、「限界」の敵前逃亡癖のついた「未熟」な自分を、「ありのまま上等!」と開き直って肯定したい現代人の悲願かもしれない。





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